モバイルと電池、バッテリーで作られてきた我々の体験

アスキー 2016年10月14日(金)10時00分配信

 発煙・発火と、バッテリー関も連する問題を抱えていたフラッグシップモデル「Galaxy Note 7」について、Samsungは、販売と生産を取りやめることにしたと報道されています

Galaxy Note 7

 米国などで発火の問題が報告されてから正式にリコールを実施し、250万台の回収と交換を進めてきたSamsung。一時は販売再開にこぎ着けていましたが、その改善製品も、米サウスウエスト航空機内で発火するなど、製品そのものの設計上の問題が疑われることになりました。

 クレディ・スイス証券によると、この製品から得られていくと推計される売上は170億ドル。今後起きるであろう消費者による集団訴訟の賠償額も膨大な物になる可能性があります。

 それだけでなく、「Samsung」「Galaxy」といったトップスマートフォンメーカーのブランドへの信頼性を失ったことは、同社の将来に大きな影響を与えると見られています。

米国ではこてんぱんのSamsung

 米国で暮らしていると、Galaxy Note 7の事件は、米国の厳しい消費者の目と、企業のリスク管理、そして国際間競争の3つの視点から、該当機種未発売の日本とは異なる景色を見ることができます。

 筆者はNote 7の発火事件以降、米国内の航空便に数回搭乗しました。その際のアナウンスは、リコールとなったGalaxy Note 7の電源オン、充電の禁止のはずが、「Galaxyスマートフォン」あるいは「Samsung製スマートフォン」に拡大して禁止をアナウンスしてしまっていました。

 特定機種名を言いそびれたか、面倒だったのか、あるいはリスクを最小限にすべく、航空会社のオペレーションとしてそうしているのかまではわかりません。ただ、Note 7以外のSamsungユーザーはスマホを機内で使いにくくなるし、非Samsungユーザーには余計な恐怖を与え兼ねません。こうした経験は、次の端末選びに影響します。

 悪いことは続きます。Note 7の生産と販売中止を発表した10月11日(米国時間)、AppleとSamsungとの間で争われていたスマートフォンのデザイン特許訴訟に関して、米国控訴裁判所は、2014年に取り消されていた1億1960万ドルの賠償金を、再びAppleに支払うよう命じました。

 Appleが主張するクリエイティビティの尊重と、Samsungが主張する膨大な知財の一部にすぎないという実際。米国の裁判所も一進一退の判断を繰り返しているように見えて仕方ありません。

 ただ、10月11日のニュースとして断片的に切り取った消費者の印象は、このような一文として表現されることになります。「米国企業であるAppleのiPhoneのアイディアを盗んでいる、韓国Samsungのスマートフォンは発火して発売中止となった」。

 第2回目のディベート前後のスキャンダルから、もうさすがに「トランプ大統領の可能性はない」という雰囲気が流れつつありますが、米国の大きな流れとして、保護主義への一定の支持が集まった背景からすると、発火、裁判、トランプと、あらゆる意味で最悪のタイミングが重なったと言わざるを得ません。

リチウムイオン電地と、次の電源

 タイミングは最悪でしたが、対応も悪かったと言わざるをえません。交換や再販売を急がず、しっかりと発火原因を突き止めてからの方が、ブランドへの打撃を押さえられたのではないかと思うからです。

 Samsungとしては、同社の顧客のためはもちろんのこと、発火理由を突き止めることは、モバイル業界にとっても非常に大きな地検を提供する事につながり、多くの人々を危険から守る可能性があるでしょう。

 我々の生活を振り返ると、スマートフォンはポケットにあり、手首にはスマートウォッチ、耳にはワイヤレスヘッドフォンが装着され、人によっては電気自動車で移動しています。

 筆者の生活でも、持ち歩いている電子機器でリチウムイオン電池を使っていないものは、自動車のキー、Happy Hacking Keyboard BTなど、ボタン電池や乾電池を使っている製品くらいです。

 リチウムイオン電池は、機器の省電力化と相まって、我々が日々使うデバイスの小型化、軽量化、そして充電頻度減少による利便性の高さをもたらしてくれました。

 とはいえ、その次の候補もあがってきています。

 リチウムはレアメタルに属するため、これをナトリウムに置き換えたナトリウムイオン電池の開発が進んでいます。また、ホンダ<7267>はマグネシウムを用いた電池を2018年に実用化を目指しています。いずれも電池の価格を大幅に下げ、安定供給を可能とすることに主眼が置かれており、発火しにくさにも配慮されています。

バッテリーによって作られてきた体験

 せっかく電池について考えるきっかけを与えてくれたので、もう少し電池が規定する我々の体験について、触れておきます。

 筆者が高校生だった頃、PHSからケータイへ乗り換えた時は、やはり大人になった気分でした。どうしても、ケータイの方がモバイルサービスとして格上という印象が非常に強かったこともあります。

 実際のところ、バッテリー持続時間が大幅に減ることに気づいて、複雑な気持ちになったことを覚えています。筆者が持っていたNTT<9432>パーソナルのPHS「パルディオ312S」は、待ち受け時間は500時間、連続通話時間6時間でした。しかし乗り換えたNTTドコモ<9437>の「mova P205 HYPER」はそれぞれ220時間と115分。

 高校生の小遣いと当時のケータイ料金から考えると、通話をしょっちゅう利用したり、結局通話料がかかり、しかも他社のケータイやPHSに送る機能を備えていなかったショートメッセージを大量に利用してはいませんでした。それでも、つながる(つながる可能性がある)時間の長さを気にしていました。

 高校生の時にモバイルデバイスに触れて、バッテリーの持続時間が、重要な尺度になっていたことに気づかされます。身の回りのあらゆる製品がバッテリーになっていくことで、バッテリーを中心とした体験のとらえ方が、我々の生活を支配しつつあると思いました。

テクノロジーの面倒をみなくなる未来

 今後も人類が利用するエネルギーは、おそらく電力を中心とした物になると考えています。その点で自動巻きやソーラーパネル搭載の腕時計のように、必要な分のエネルギーをデバイスの中で作り出す方法が現実的になることを目指していくことになると思います。

 スマートフォンを思い浮かべると、ほとんどの場合、我々の活動時間の方が、スマートフォンのバッテリー持続時間よりも長く、電池がなくなると、継ぎ足しで充電をしたり、モバイルバッテリーを持ち歩いたりして、電池の面倒をみている状態です。

 道具でありながら、コミュニケーションから移動、決済など、生活の広範を依存している存在を「よく世話しなければ」困ってしまう存在なのです。

 その面倒を見なくてよくなることは確かに「進歩」ですが、他方で、さほどスマートフォンという存在に興味を持たなくなることを意味するのではないか、と思いました。

 今回のGalaxy Note 7の問題は、まだまだ我々が、電源という点でテクノロジーの面倒をみなければならない時代が続いていることを印象づけてくれます。


アスキー
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    最終更新: 2016年10月14日(金)10時00分

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