MODE, Inc.上田ガク流シリコンバレーの歩き方

アスキー 10月17日(月)09時00分配信
上田さんインタビュー5

 Yahoo!やGoogle、Twitterといった米国の有数企業で仕事をしていたエンジニアといえば、その仕事のようすを知りたくなる。しかも、Googleはまだ検索が中心、Twitterも海外展開をはじめた伸び盛りの時期。IoT関連のスタートアップとして注目されるMODE, Inc.のCo-Founder兼CEOの上田学(ガク)氏がその人だ。

 どのようにして、他人がうらやむようなキャリアを重ねることができたのか? 楽しく恵まれた環境だったGoogleやTwitterをやめて、なぜ自らスタートアップにチャレンジしたのか? 競争の激しいシリコンバレーにあって着実にビジネスを広げはじめることができるようになった秘訣は?

 総務省の異能vationプログラムスーパーバイザーとして帰国中の上田氏に会ってみると、実は、我々と同じプログラミングが大好きな同時代人だった。VC向けにダメ出しされていた頃のプレゼン資料と資金調達できた頃のプレゼン資料の比較も含めて、これからエンジニアやスタートアップを目指す人にぜひ読んでほしい話となった。

外資系コンサルに就職したんですが、毎月5人ずつ起業していきました

―― どのへんからコンピューターの世界に興味を持たれたんですか?

上田 小学3年生のときですね。ある日、父親が富士通<6702>の“FM-8”を買って帰って来たんです。当時、たぶん30万円くらいしたんですけど、それで、最初に自分で書いたプログラムは世界の国旗をBASICで書くというのをやりました。日本の旗やフランスの旗は丸とか塗りつぶしだけで簡単だけど、アメリカの旗はむずかしいじゃないですか。

―― たしかに。

上田 それを、方眼紙で描きながらというのから始めたんですが、中学校の時にまたNEC<6701>の“PC-9801VM2”が、我が家にやってきたんですね。パソコン通信の“アスキーネット”で、毎晩毎晩チャットするようなヲタク不良学生でしたが(笑)、自分もフリーソフトを作りたくなった。それで、高校1年か2年の誕生日にマイクロソフトの“QuickC”を買ってもらってプログラミングをまた書くようになったんですね。

―― ああわかります(笑)。

上田 高校生のときは、いわゆるパソコン少年という感じだったんですけど、それじゃモテないだろうなぁってことで建築家になろうって思ったんですが推薦が取れなかった。それで、ちょうど情報学科ができた早稲田大学入りました。UNIXが使えるぞ! ということで、大学に行った最初の日に情報科学センターというところに行ってアカウントの申請をしたんですね。

―― 初日に行ったというのが凄いですね。

上田 で、いま考えるとUNIXが凄いじゃなくてインターネットが凄かった(笑)。端末室にはSunのワークステーションが30~40台くらいあって、全部のマシンにログインできるんですよ。だから面白そうなことをやっている人の画面を見て「おっ、これは凄いことやってるな」と思ったらそのマシンにログインするんですね。それで、プロセスとかを見てどうやっているのか盗み見できたんですよ。それで、そこにいる人達と仲良くなっていきました。

―― 学生たちなんですか?

上田 学生ですね。何も用事がなくても学校行ってる。空調がガンガン効いてて寒いんでいつも上着を持って行くっていうようなのが大学でしたね。それで、Webができたのがだいぶ後です。

―― 何年くらいですかね?

上田 91年から95年くらいが大学生の時代で、Web以前ですね。院生の1年生、マスターの1年になった時に研究室の友達が、「なんかモザイクって凄いやつがあんだよ!」って嬉しそうな顔で言ったんですよ。それが、ブラウザとの遭遇でした。すごく簡単なので、すぐさまWebサーバー立てて、当時、Web画面にカウンター作るのが流行ってたんでカウンターを作ってとかやっていましたね。研究室では、近所のモスバーガーに注文するためのサーバーとか立てていました。

―― それは何で書かれたんですか?

上田 Perlで書きました。

―― なるほど。

上田 研究は、本当は並列計算機だったんですけどWebがすごく楽しかったんで、並列計算機でWebクローラーを書くっていうすごく無理矢理なテーマを設定して検索エンジンを自分で作ったりしていました。

―― 早稲田といえば、千里眼とか?

上田 千里眼をやってたいのは、また別の研究室の田村さんですね。僕がやっていたのはそれより後です。そんなこんなで、卒業する頃にはインターネットがどんどん流行っていて、就職をしました。ただ、97年は、まだインターネットバブルの前なので、インターネットの仕事というとプロバイダーくらいしかなかった。

―― そっちには行かなかった?

上田 結局、外資系のコンサルティング会社に就職したんですね。ところが、そうこうしているうちにインターネットブームがやって来て、コンサルティング会社から人がどんどん辞めて起業するんです。毎月5人とか辞めていきました。

―― おー。

Googleの電話面接は大変だった

上田 みんないろんな会社を立ち上げていたので、「自分はこのままやっていていいのかな?」と思ったんですね。それで、99年にeGroupsに就職しました。オンラインでメーリングリストをやっている会社ですが、アメリカのサービスを持ってきて日本語化する仕事です。

―― そこで、アメリカということになる。

上田 行ったり来たりですね。そこで、みんなでわーっと開発をしていて、向こうのやり方に触れる機会になりました。採用のときも、アメリカから電話で面接で話が通じているのか通じていないのかも分からない。それで、とりあえずコードを送れって言われて1個一生懸命書いて送ったらそれで採用されました。

―― いいですね。

上田 向こうもスタートアップなんで国際化が全然できてないんですね。しかも、日本語は、メールがISO-2022-JP、WebはShift JISとか、アメリカ人には理解不能。

―― UNIXはEUCですし。

上田 そういうのを、アメリカ人が書いたシステムを何とか日本語化しないといけない、それで考えた挙句、自分でエンコーディングを作りました。

―― なるほど。

上田 たとえば、UTF-8って、文字ごとにどの文字種か分かるんですけど、もともとJISかShift-JISかってことはわからないんです。それで、文字列の塊ごとに頭にヘッダー情報をつけて、それを見るとここからこの先何文字かは元々何々コードだったっていうのが書いてあるというのを作りました。そのeGroupsは、2000年に米国Yahoo!に買収されるんですが。後で、Yahoo JAPANの方が日本に持ってくるときに凄い大変だったみたいなんです、というのはよく分からない謎のエンコーディングが使われているんで(笑)。

―― なるほどー。

上田 私は日本でやっていたんですが、買収したYahoo! USから、もう全部こっちでまとめるからアメリカに来てくださいと言われて、シリコンバレーにたどり着いたんです。2001年に引っ越しました。

―― シリコンバレー生活が始まったわけだ。

上田さんインタビュー
2001年頃、Yahooにいたころ。

上田 それから2年くらい向こうにいて開発をしていたわけですが、その頃から、Googleが少しずつ出てきたんですね。それで、ここは少し記憶が曖昧なんですけど、日本語が分かるエンジニアの募集が出ていたような気がするんですよ。その時に「あ、これ俺のことじゃん」って思ったんですよ。

―― いいですねぇ。結構自己中なんですか。俺のことって(笑)。

上田 いや、でも日本語わかるエンジニア募集って英語で書いてありましたからね。

―― 2000年代でも、日本語が分かるエンジニアって多くなかったんですか? 日本語の処理が分かるという意味ですけど。

上田 すごく少なかったと思います。ところが、応募したらですね。音沙汰なくてですね。Googleふざけるなって思ってたんですよ、他にいないだろうと(笑)。1カ月くらい放置されたあと連絡がきて「面接します」と。それで、衝撃だったのが電話で面接されたのが、女性の方で最初からすごい難しい技術的な質問してくるんですよ。なんか本当にマシンのローレベルの「こうやってる時スタックはどうなんだ」とか。凄い人がいるんだなと思いました。

―― 計算機アークテクチャの基礎の部分ですね。

上田 「なんだこの会社は、只者ではない」って思って。

―― 英語は、もともと堪能って感じだったんですか?

上田 いや、英語は。

―― やっぱ行ってから、できるようになった?

上田 そうですね。大学生の頃少し勉強はしてたんですけどね。

―― 難しい質問がどんどんくるわけだ。

上田 そうなんですよね。で、オンサイトの面接に行ったらですね、今度は中国系のエンジニアの方が出て来てこれまた難しい質問をしてくる。「超巨大な行列計算」をとか。

―― Googleの大好きな超巨大ですね。

上田 「ホワイトボードでやれ」って言われて、もう打ちのめされて落ちたと思ったんですけど、受かったんですね。

―― 何がよかったんですかね?

上田 ああ、これがですねぇ(笑)。実は、eGrpups時代の上司がGoogleにいたんですよ。僕が謎エンコーディングを開発したときに、すごく評価してくれた上司です。彼は、Yahoo!に買収されたあとに、自らスタートアップをやって1年ぐらいしてその会社がGoogleに買収されていたんです。で、向こうで面接するとき“リファレンス”というんですが、誰々に聞いてくださいというのを書くんですね。身元保証人ともまた違うんですけど。そのリファレンスにその人の名前を書いたんですね。そしたら、彼から電話がかかってきて「ガク、お前もう1回一緒に仕事しようよ」と言われて、何をやるかは言えないけど「一緒に仕事するなら採ってやる」って言われて、それで採用が決まったのでした(笑)。

―― ラッキーですねぇ(笑)。

上田 ラッキーでしたね。でもまたメールの仕事です。

上田 メールインフラストラクチャー、つまり裏側ですね。MIMEエンコーダーとか書かされて。MIMEエンコーダー職人だったんですね。たぶん3個くらいの会社で書きました(笑)。

―― なるほどぉ。

上田 Googleグループを担当して、メーリングリストサーバーの下の方を書いてたという感じですね。それを2年くらいやって、もうメールは勘弁と思ったのです。

「Googleに10年いたらヤバイ」と思って辞めたんですよ

上田 それで、Googleマップのチームに移してもらって、そこから6年間やりました。

―― それは、何年くらいなんですか?

上田 2005年ぐらいですね。

―― まだiPhoneが出る前。Googleマップは結構メジャーだったんですかね?

上田 いや、Googleマップは2004年に出て、日本でローンチされたくらいの頃ですね。

―― それまでみんな地図はどうしていましたかね?

上田 地図はですね。アメリカはMapQuestというサイトがあってクリックするたびに新しい画面に切り替わるというものでした。

―― 上下左右に矢印があって。

上田 そうですね。

―― それで思いだしたのは、私の元同僚で回路のシュミレーションソフトを作って売ってる人がいるんですね。シュミレーションが本業だからグラフィックなんかやりたくないんで、Googleアースを使っていました。北九州空港の上空にチップが浮いているんです。ただ、Googleアースは商業利用には制限があるので紹介しろというので、一緒にGoogleを訪問したことがありました。それくらい軽快でしたからね、「聞かないでください」と言われましたけど(笑)。

上田 (笑)。

―― フライトシュミレーターで使うコントローラーでチップに繋ぐ配線の間を飛んだりするんですよ。

上田 回るやつで、飛べるんだ(笑)。

―― その頃は、ほかにはGoogleってどんなサービスやっていましたか?

上田 僕が入社したときは検索しかなかったんですよ。検索とイメージ検索と、あとは、当時、Froogleと呼ばれてたショッピング検索がありましが。社員も1000人くらいですからね。

―― 今何人ぐらいいるんですか?

上田 分からないですけど5万人とか? 僕は、Googleグループを担当していましたけど、隣の部屋でGmailのチームがいて、そこも4、5人でしたね。それで、ローンチした日も僕は夜遅くまで仕事してて、なんか「今からローンチするよー」っと言われて「ちょっとアカウント作ってみてー」って言われて。で、アカウント作って「できた! できた!」っていうやりとりしてたんで、たぶん僕は世界で5番目くらいのユーザーかもしれません。

―― なるほど、楽しそうですねぇ。

上田さん
2005年のGoogle時代。

上田 そんなことがあり。Googleマップの時は最初にちょっとだけエンジニアやってましたけど、それからマネジメントになっちゃったんですね。

―― やはりそうなる。

上田 2年目ぐらいの時から日本のGoogleの東京オフィスの立ち上げを手伝っていて、採用活動とかずっとお手伝いしてたんですけど、東京ベースの地図のチームのマネージャーになったわけです。主に日本の開発チームとアメリカのチームとを繋ぐような役割をしていたんですが、日本独自のことをやると、本体から煙たがられる傾向があるんですね。

―― そういうのはありそうですね。

上田 本体からすると謎の仕様が入ってくるっていうので嫌がられるので、なるべくそれを起こさないように考えて、日本人が欲しいけど、アメリカでも嬉しい機能を作るようにやっていました。例えば、Googleマップって写真が出なかったんですね。ラーメン屋さんを検索すると、日本人的にはラーメンの写真が見たい。でも、これ日本独自のフィーチャーですとかっていうと問題になりそうなので、アメリカのデータでもやってみて「この機能入れましょうよ」と。それを、東京チームでやらせてくださいってピッチをして、そういうのを繰り返していきましたね。

―― ピッチって、毎週、開発ミーティングみたいなことをやるんですかね?

上田 毎週ではないんですけどやっていましたね。

―― Googleってどうやってフィーチャーが増えて行くのですか?

上田 フィーチャーはですね。みんな勝手にいろいろ作っていくんですね(笑)。

―― なんと勝手に増えていく!

上田 みんな面白いことを言い出すんですよね。でもやっぱり、賛同が得られるものと得られないものとあるんですけれども、それをうまく、みんなを納得させるのがマネージャーの仕事ですね。

―― Google社内でもオープンソースの開発的みたいに、いまのメインのリリース版があって、こういうものを足したいとかブランチ切って、これをマージして欲しいんですけどというのを、誰かがリソースマネジメントしている?

上田 というか、それを売り込む感じですね。「この機能はは凄いんだ」と「Googleマップは写真が出たほうがいいですよね」っていう形でマネジメントを説得して、エンジニアの人たちが作ったのをどんどん入れて行くわけです。

―― なるほどそういうことですか。

上田 それが、たぶん5年前ですよね。当時38歳くらいでした。で、凄い環境いいじゃないですか? エンジニア天国みたいなところですよね。凄く楽しかったんですど、「このままいたら、これで終わりだなぁ」って思ったんですね。それで、Googleを辞めることにしました。

―― 環境が良すぎると。

上田 昔からいるからみんな知ってるし、やりたいこともやらしてくれる、上司とかにも恵まれてる。

―― それだけ聞くとめちゃいいですよね。

上田 でも、それを繰り返すっていうのはどうかなーって思ったんですね。

―― ご結婚されてるんですよね。

上田 結婚してます。でも、「Googleに10年いちゃやばい」って思ったんですよ。

―― うーん。

Twitter、そして旅の計画サイトを作ったけど毎日使わないという難しい問題があった

上田 次はスタートアップに行こうと考えていたんですが、いろいろあってTwitterに拾われることになったんですね。

―― それはきっかけはあるんですか?

上田 これもリファレンスなんですけど(笑)。実はあるスタートアップに行くことになってて、やっぱりリファレンスを出せとなったんですね。そこでGoogleやめてスタートアップをしていた友人にお願いしたんですが、その会社が、またやっぱりTwitterに買収されたんですね(笑)。

―― また買収ですか。

上田 それで、「リファレンスお願いします」ってメールを書いたら、電話がかかってきて「Googleを辞めるんだったらウチにきなよ」って言われたんです。すぐに副社長から電話がかかってきてカフェで会ったら、開口一番「うちにこい」って言われて、Twitterに入りました。

―― 早いですね。

上田 ツイッターでは主に2つの分野のチームを担当していました。1つは、芸能人とか政治家とかの本物ですよというチェックマークがついてるじゃないですか。そういったユーザー向けの機能を作るチームをやっていました。

―― たとえば?

上田 彼らのツイート価値は非常に高いので、大勢のフォロワーを持つユーザー向けのTwitterクライアントとかそういったものを作ってサポートしていたわけです。

―― ある種ダッシュボード的なものがあるんですね。

上田 もう1つは、基本的にプロダクトはアメリカ向けに作られているのでアメリカ以外のマーケットで受けない国っていうのが結構あるんですよ。例えば、Twitterってフランスとドイツで受けてなかった。

―― なぜですか?

上田 カルチャーの違いがあって。そこで、例えばドイツのサッカーのブンデスリーガーのスコアをリアルタイムで出しながら、オンライン観戦をする機能を入れたりしました。

―― 有名人のところの話は、今年1月にプリンスが亡くなったときとかそうですが、CNNとか見てても、第一報で流れるのがプリンスの知り合いのツイートですよね。レコード会社のプロデューサーや同じミュージシャンのツイートがバンバン紹介されます。アメリカは、有名人のつぶやきのバリューが高そうです。

上田 そうですね。

―― それからどうなったのですか?

上田 それで、2年ぐらいたってですね。またチームが30人とかになってきたわけですよ。

―― またでかくなった。

上田 最初は小さなチームだったのですが、「あ、これ前の会社でやっているのと同じだな」て思ったんですね(笑)。それで、「おんなじことやってる余裕はない」と思ったわけです。時間がもったいないなと。

―― その頃のTwitterっていったらもうブレークしていますからね。

上田 なので、本当のスタートアップに行こうとってことでTwitterを辞めました。

―― なるほど(笑)。

上田 転職先が決まってから辞めると、すぐに働きゃいけないので、今回は、とにかく辞めました。それが、2013年ですね。それで、一週間くらい家でボーっとしていたけわですけど。

―― ちなみに、GoogleとかTwitterの頃っていうのはどのくらい忙しいんですか?

上田 日本の感覚からすると、どちらも全然忙しくないですよ。本当に。Twitterも、サンフランシスコにあって僕ら南に住んでたんでシャトルバスで通ってて、帰りのバスが5時とかしかなく、それでしか帰れないんで5時とかに帰っちゃうんですよ。

―― 驚愕の事実じゃないですか! 家に帰ってどうすんですか? 5時に帰って。

上田 子供と遊んだり、夜はプログラミング。

―― 夜はプログラミング!

上田 趣味のプログラミングです。

―― なんだそれは(笑)。

上田さんインタビュー
2011年Twitterオフィスの様子。

上田 そうです。それは仕事がマネジメントになったのもあるんですが、自分のコード書くのはまた別なのですよね。

―― それ何書いてるんですか?

上田 なんでも作ってました。

―― 個人で便利なものとかそんな感じ?

上田 そうですね。僕はWikiが大好きで、Wikiが“WikiWikiWeb”とか呼ばれてた頃から「これすごいよー」って言って会社のうちのチームで使ったりとかしてたんですね。あと、自分用wikiインプリメンテーションを何回もやってですね。最初はPerlで書いて、次はPythonで書いて、Ruby on Rails で書いて……。それから、RubyのSinatraで書き直してと、もう1回書き直そうかぐらいの感じなんですけどね。

―― それを作ってどこかに公開するとか?

上田 そういうのは僕はあんまり興味なくて、自分が使えればハッピーという感じですよ。

―― そこまではやらない。

上田 それで、今度こそスタートアップやりたいってことでアプリを作ろうと考えたんですね。アプリというか、僕は旅行が大好きなんで旅行の計画サイトをやろうと。

―― なるほど。

上田 それを、1人で毎日毎日家で作ってたんですね。それを公開してみて、やっぱりユーザーはつかないんですよね。なかなか難しい。本当に、ユーザー100人、200人とかっていう世界なんですね。

―― 旅行の予約なんですか?

上田 基本的には予約計画サイトですね。Googleカレンダーみたいなやつなんですけど。何月何日にどこに行ってとか。

―― 良さそうじゃないですか。

上田 そうなんですよ「あ、ここのホテル予約してないな。じゃあここは何泊。それで、どっからどこへ移動してパリには何日……」とかっていうものですが。そうすると、現地に着いたら予約してなかったみたいなことがない。というサービスで自分では結構使えるなと思ったんですけどね。

―― それに類似したというか近い目的のサービスはあったと思うんですが、いきそうでいかないジャンルなんですかね?

上田 そうなんですよね。旅行って年に数回しかないイベントなんで、毎日使わないっていうすごく難しい問題があるんですね。それで、作って3カ月くらいやってたんですけど、まぁユーザー増えない。

―― なるほどぉ。

自分は向こう10年間はスプリンクラーの専門家になるのか?

上田さんインタビュー
スプリンクラーの設計メモ。

上田 旅行計画サイトをあきらめかけた時に、Raspberry Piを買ったんです。こっちはもういいから、とりあえずRaspberry Piで遊ぼうと思って買ったのが、いまの会社のはじまりです。

―― Raspberry Piが出たいちばんはじめの頃ですかね? 2013年頃。

上田 少し後だったので、簡単に買えるようになってました。2013年の夏にやめて2014年の1月とか2月くらいでしょうか? そのときは、古いパソコンを買ってバラしたりとか、家にあるもの片っ端からバラして中身を見て、あんまり電子工作とか得意じゃなかったんで勉強しつつ。それで、家のスプリンクラーを自動化しようと思ったんですね。雨が降ったら水を出さないという自動運転をしたいってことでやってみたら、まぁまぁ意外とちゃんと作れるんですね。クラウド制御のスプリンクラー、3カ月くらいかかったんですけど、ただ、雨が降ったら出ないという部分のロジックは、2、3日で書けてですね。それ以外の土管を作る仕事で90%以上かかったんです。それで、じゃこの土管の部分を仕事にして提供するのはどうかなと思ったわけです。

―― 土管って、物理的な水が通る土管じゃなくてソフト的なところですか(笑)。

上田 そうです(笑)。リアルタイムの双方向通信とか、ユーザーログインシステムとかですね。暗号化するとかもあります。

―― そこが面倒くさいぞと。

上田 面倒くさいんです。

―― 面白いことがほんのちょっとで…

上田 面白いところに行くのに3時間で、楽しみが3分みたいな感じなので(笑)、さいわい今までいろいろやってきたんで、僕はたまたまハードウェアの工作もして、モバイルアプリ書いて、バックエンド立てて動かしてって全部やれるんですけど、誰もができるわけじゃない。しかも、いわゆる「車輪の再発明」で、これを作ったところでなんの差別化にもならないんですね。これがないとサービスは作れないんだけど差別化にならないんで、そんなのみんなやるのは労力の無駄だと思ったわけです。「じゃあコレをサービス化してしまえばいんじゃないか」っていうことですね。

―― なるほど。スプリンクラーは半分冗談ぐらいで作ったけど。

上田 いや、自分で欲しいから作ったんですよ。

―― 自分で欲しいから作ったんだ?

上田 いや、スマートスプリンクラーを会社にしようと思ってたんですよ(笑)。

―― なるほど、スプリンクラーで起業しようと思ったんだ。

上田 「これは凄いぞ」と思った。

上田さんインタビュー7
スプリンクラーの試作。
上田さんインタビュー
スプリンクラーを作っていた頃の写真。

―― でも、ありそうじゃないの?

上田 そうなんですよ。作って「これは凄いぞ」と思っていたらです、検索するたびにスプリンクラーの会社が見つかる(笑)。たぶんトータルで10社以上もうあったんです。ハードウェアもあるし、会社としてやってるし、販売もしてるんです。一方、僕はただRaspberry Piで試作したものがあるだけで、製品としては半分出来上がってないというか、これからハードウェアを作るという状態です。ハードウェアの量産とかやったことないですからね。中国の工場とどうやってやりとりするのかもわからない。お金もファンディングももらってない。2年、3年遅れなんですよね。それで、これで今から2年、3年遅れでスプリンクラー業界に入っていくという感じだったんです。

―― なるほど。

上田 あともう1つ、これは記事に書いていただきたいんですけど、やったら5、10年以上は続けなきゃいけないじゃないですか。この先、私は、10年間はスプリンクラーの専門家になるのかと。そんなに、スプリンクラー大好きなんですか? と自問してみると、いや、それはちょっときついなと。なので、プラットフォーム屋さんになろうっと決めたわけです。

―― 派生物が商売になるってよくありますよね。

上田 そうですよね。

―― Slackとかもそうですよね? ゲーム会社ですよね。ゲーム開発のために作った連絡ツールみたいなのが元になっている。たしか、PlaySrationの「塊魂」の高橋慶太氏もゲームの開発に参加していた会社です。

上田 へー。

―― こっちのほうがいけるとある時ピッ! っと、何かランプがついたというか見えた感じですかね。

上田 はい。そうしたものを作る人たちが面倒だと思う部分をサービスとして出すように作って、お金を集めて、会社にしたんです。

上田さんインタビュー4
IoT worldに出展したときの様子。
上田さんインタビュー4
Co-founderのEthan氏がRaspberry Piでデモを試作中。

―― なるほど。それで、どうですか? つまり、そうやって入ったIoTの世界は?

上田 IoT超大変で……(笑)。

―― どうなんですかプラットフォーム商売は。

上田 最初、スプリンクラーから始めたんで、同じようなことをやってる人たちに買ってもらおうとしたんです。だから、コンシューマーIoTとかスマートガジェットに最適ですって売りに行ったんですけど、みんな買ってくれないんですよ。

―― だって助かるんですよね?

上田 実際にお話をしてみてわかったことなんですけど、スマートガジェットって月額料金が取れないんですよね。スマート湿度計とかあるじゃないですか? 200ドルくらいのお値段のものですけど、これが月額5ドルのサービスですって言ったらたぶん誰も払わない。スマートドアロックで「このドアロック使うのに月500円です」っていうと、たぶん誰も払ってくれないです。ビジネスの構造が、モノを1回売っておしまいなんですね。コンシューマIoTとかガジェットの世界というのは。

―― なるほど。

上田 250ドルのガジェットは高いですけど、原価でいうとたぶん1/3とか1/5とか言われているので、50ドルくらいでしょうか? それで何年かプラットフォームに払えるお金というのは年間1ドルとかぐらいなんですよね。それと、彼らのKickstarterとか、あるいはもう少しいった会社の難しいところは、出荷されるデバイスの数が、数千~1万台という程度なんですね。なので、僕の会社のお客さんになってくれたとして、頑張ってサポートして1ドル×1万台なんで、年間100万円にしかならない。ぜんぜん見合わないんです。というようなことが、サービスを出して何カ月かして分かりました。「これはダメだ」なと。しかも、プラットフォームを出したわけですけど、これだけでは、ハードウェアができて、アプリを書けて、バックエンドサーバーも書けるお客さんしか使えないんですね。そこまでできる会社はほとんどなくて、できるのはAppleさんぐらいですよね(笑)。

―― Appleは、通信の部分とか課金とかは自分でやりますよね(笑)。

上田 じゃあ違うお客さんにしたらいいんじゃないかってことで、月額料金ビジネスが成り立つところに行くことにしたんです。たとえばビルの空調システムは、アメリカの小さなビルでも月額の電気代が数百万円とかです。ところが、ビルの空調をうまく制御すると1~2割は電気代が下がると業界の人もわかっているんです。そうすると、「月100ドルのサービスで2000ドル削減できます」って言ったらたぶん100ドル払っていただける。そういった企業向け、コマーシャル向け用途のIoTに方向転換したらだんだんお客さんが使ってくださるようになって来た。

―― 非コンシューマ系に客がいた。

上田 なので、いまはコマーシャルとかインダストリアル系でやっていて、なおかつハードウェアメーカーさんがお客さまなので、ソフトウェアの部分は部品をとにかく沢山そろえて、なるべくお客さまがソフトを分からなくてもできるっていうとこまでやっていうこということでやっています。プラットフォーム+もうちょっと上にのっかってるものをどんどん作っていく感じです。

―― それが、MODEさんの商売ということですね。アカウントを作って少し触らせてもらったんですけど、ハードウェアに専念したい人たちが面倒くさいと思っているところを、すごく綺麗にラッピングして面白いなぁと思いました。ところで、日本でも展開されていますよね。

上田 そうですね。日本は、製造業のメーカーさんが多いですからね。ハードウェアがまだまだ日本は強いんで、そこをソフトウェアでお助けしたいなと思ってます。アメリカは、逆にいうと思ったほど製造業の会社がないんです。それもあって、日本もアメリカも1:1ぐらいの感じでになっています。

―― ニフティさんと発表されたのはどういう内容なんですか?

上田 ニフティクラウドの「IoTデバイスHUB」というサービスの技術を弊社がOEM提供しています。

上田さんの仕事経歴
上田氏の仕事遍歴(編集部にて作成)。

スライドは、最終的にバージョン30ぐらいまで行ってくるとだいぶこなれてきます

―― 事業内容もさることながら、スタートアップのはじめ方に興味がある人もいると思うんですが。

上田 スタートアップ、ほんとみんなやってるんです。

―― まずやろうと思ったら何をやるもんなんですか?

上田 まずプロトタイプです。

―― 日本だとなんとなくアイデアをプレゼンするみたいな感覚があるような気がするけど、まず作るんだ。

上田 アイディアだけでは誰も相手にしてくれないんで、作って見せるっていうのが一番大事ですね。あともう1つは、仲間を見つけることです。

―― ひとりじゃダメですか?

上田 1人じゃダメですね。ドラクエみたいなものなんで(笑)1人はダメです。早く仲間を見つけないといけないんです。

―― 1人のスタートアップってないんだ?

上田 うまくいかないっていう風に……。

―― 言われている。

上田 いや、統計的に出ている(笑)。

―― なぜですかね?

上田 たぶん、まず1人だと続かないんですよね。僕が最初にやった旅行計画のサービスもそうですけど。1人だと「ダメなんじゃないかな」と思ったらそこで終わってしまうんですけど、2人だとなんだかんだ言いながら、急に辞めるわけにもいかないんで、それで結構粘り強く続くわけです。もう1つは、仲間を見つけるってアイディアを買ってもらうようなものなので、そこが1つのバーをクリアすることなんですね。

―― 上田さんの場合は?

上田 いまの共同創設者のイーサンっていうのは、Yahoo! 時代の同僚なんですけど、だいたいアイディアが出るたびに「イーサンこういうの思いついたんだけど、凄くない?」って話すと、「あー?」とか、「んー」とかって言うんですよ。スプリンクラーのプラットフォームのアイディアを持ってった時に、はじめて「これ面白いね」って言ってくれたんですね。だから「これはいけるかも」っていうふうに思った。それで、彼のほうも会社を辞めて、何月まではお金あるから一緒にやろうって言ってやり始めたわけです。

―― まずプロトタイプ、次に仲間見つけて……。

上田 それから、投資してくれる人のところに見せに行きますね。

―― コンコンって感じで誰のところに行くんですか?

上田 私の場合は、幸い向こうに長くいて周りにエンジェル投資家になっている知り合いが結構いました。

―― そういうことなんですね。

上田 その人たちに「こういうの作ったんだけど」ってプレゼンをするんですね。あとは、会社やってる知り合いも多いのですが、彼らは既に投資を受けているわけですよね。投資家はこの人のこと信じて投資してるんで、その人に紹介してもらうと、とりあえず話ぐらいは聞いてもらえる。そういうのを繰り返して行くと50件近くになりました。それでベンチャーキャピタルだったりエンジェル投資家にどんどん会いにいくわけです。

―― いちばんいいところですね。

上田 それをやりながら内容をちょっとずつ良くしていきました。最初のスライドとかは、「こりゃひどいな」っていうスライドでした。

―― たとえばどうひどいんですか?

上田 あとで見たら、こんなんでお金出す人いないよって思う(笑)すごいモヤっとした内容だったり。それで行くと、もちろんダメなわけですよ。なんでダメだったんだって考えてバージョン2を作って行ってダメで。バージョン3で行ってダメでって繰り返して、最終的にバージョン30ぐらいまでくると、やっぱりだいぶこなれてきます。短いし。技術的な細かいことよりも、何が嬉しいのかとか。どんなに伸びるのかっていう話を、聴く人のことを考えて作れるようになってくるんですね。終わる頃にはですね、それなりのものができて投資してくれる人も見つかってくるんです。

―― 30回のバージョンアップ凄いですね。MODE, Inc.は、何人ぐらいから投資してもらっているんですか?

上田 10人ぐらいです。

―― 巨大VCとかもあるんですか?

上田 VCも2社、エンジェル投資家の方が多いですね。

―― そのスライド見たいですね。ダメなスライドと比べてみたいです。

上田 なんでも最初からはうまくできないんですよ。自転車の乗り方を本読んで勉強しても乗れないですよね。でも、自転車乗ってみてキュッキュッキュッてやると、なんかパッと乗れたりする。それに近い感じですよ。

―― そういう学校みたいのもあるんじゃないですか?

上田 教えてくれるところはあると思うんですけど、それやるより片っ端から話をしに行って自分の悪いと思うところを直して行ったほうができるようになると思います。

―― Yコンビネータみたいな仕組みがあるじゃないですか。ああいうのは人脈がない人が行くんですかね?

上田 アメリカの大学生で起業している人に相談をされたとき、シリコンバレー外の人だったんですけど、VCに会うのに苦労されていました。知っている人もいないし、直接のコネもないので、そういう人たちにとってはYコンビネーターとかのアクセラレーターに入ることで、3カ月で一気に人脈とういか「Yコンビネーター卒業生です」っていうと話は聞いてくれるんですね。

―― IoTのスタートアップも多いんじゃないですか?

上田 多いですね。

上田 2年ぐらい前からすごく沢山あって、自分たちのプラットフォームを出すじゃないですか。で、やってる内に次から次へと競合が見つかって、たぶん20~30社はあるのではないかと。

―― 似たようなのがあるんですね。

上田 でも、もうやり始めちゃったんで、やめるわけにはいかないという感じはありますけども。スプリンクラーの時の10社なんて可愛いもんでした。

―― 人も考えていると。

上田 えぇ(笑)で、スタートアップをやって分かったのは、世の中にはありとあらゆるアイディアを考えている人がいるんですよ。なので他の人がやっているからやらないって言ったらたぶん何にもできないです。

上田さんインタビュー
San Mateo市の現在のオフィスがあるところ。
上田さんインタビュー6
今月引っ越したばかりの2つ目のオフィス。

やっぱり、いつも真面目にちゃんと仕事するという単純なことが大事

―― 最近ご興味があるのはどのあたりですか?

上田 最近は、コンカレントプログラムをどんどん書いていかないといけなくなってきてるんで、そういった言語じゃないといけないと思っています。昔に比べてプログラミングってすごい難しくなった気がするんですね。非同期通信が多いのでgolangとnode.jsで会社のソフトウェアは書いてるんですけど、最近はElixirとか興味あります。

―― ああ、言語ですね。

上田 あれが楽しそうだなって思っています。

―― この「プログラミング+」というコーナーで、「Rubyで学ぶRuby」とか、Go言語の連載とかやっていますけど、最初、Elixirはどうだという話になったんですよ。結果的には、私がやらないと言っちゃったんですけど。

上田 そうですか。プラットフォームというのは、いろんなサーバーとか外の世界と通信しながら、それが終わったら何かするっていうプログラムがすごく多いので、順番にやっていくんじゃなくて並列的にやれるといいのです。

―― 昔のパラダイムで作られている言語でなんとか無理してやっている感じはありますね。

上田 そのあたりは興味がありますね。会社が小さいので自分でもまだ結構書いています。

―― いま何人ぐらいいらっしゃるんですか?

上田 いま4人でもうすぐ7人に増えます。

―― エンジニアが7人。

上田 エンジニア3人でデザイナー1人。ファウンダーを含めて4人です。

―― なるほど、サンフランシスコなんですか?

上田 サンマテオです。空港のちょっと南ですね。そこに普通のオフィスを借りてやっています。最初は、友達の会社の会議室を「タダで1ヶ月くらい貸して」ってお願いしたんですけど最終的には10カ月ほどお邪魔してしまいました(笑)。そのあとようやくちゃんとした小さいオフォスに移ってという感じです。

―― (笑)。でも、やっぱりその辺にいないと商売にならない感じなんですか? だって家賃高いとかいろいろ言われてるじゃないですか?

上田 えぇ。でも、エンジニアが勝負なので。エンジニアの給料はすごい高いですけど。やっぱりできるエンジニアを揃えないと話になりません。

―― なんかこう、これからこの業界でやる若い人たちにアドバイスというとどうなりますかね?

上田 やっぱり、いつも真面目にちゃんと仕事するという単純なことでしょうか(笑)。転職した時って元上司だったり、元一緒に働いてくれた人が「良い」って言ってくれたからというのがあるんですね。そこで、「いや、あいつはダメだ」って言われたらそれで人生変わりますよね。

―― あと会社から帰ってきた後に自分の趣味でコードを触る時間をちゃっと確保して新しいものにアンテナを張ってらっしゃる。

上田 本当に面白いんで、ヘトヘトになって帰ってきても楽しいからやるんですよね。会社の仕事と家のコーディングは別腹みたいなところがあります。

―― 別腹。

上田 ソフト作るのは楽しいですよね。あんまり勉強という意識はありません。

―― なるほど、Raspberry Pi以降はハードウェアのほうはどうなんですか?

上田 OpenWRTっていうLinuxの一派があるんですけど、あれ大好きなんですよ。もともと、Linksysとかのルーターのファームウェアで使っていたものをGPLでソース公開されたのをベースに作られた小さなコンピュータで動くLinuxのディストリビューションなんです。

―― あれは、IoT向きですね。

上田 非常にIoT向きですし、いじりがいがあるんですよ。買ってきたショボいルーター超高機能に化けるんです。

―― ほかには?

上田 Android TVも結構すごいですね。

―― それ知りたいですね。

上田 Android TVっていってスティック型のHDMIに挿すChromecastに似た中国製の謎のデバイス群なんですけど、あれがハード的にはすごくてですね、たった2~30ドルのくせに、OpenWRTに使われているのに比べると、同じ値段なのにメモリが512Mバイトとかフラッシュメモリーも4Gバイトとか載っかった、ちゃんとしたコンピューターなんですね。Raspberry Piより速いのもある。その上、HDMIが繋がってAndroidが動くわけです。Androidが動くってことはフルのLinuxが動くってことなので、Ubuntuを乗っけちゃって、ちゃんと動いちゃうんですよ。

―― ほう。

上田 その中国製のデバイスをバラしてシリアルで繫いで、Linuxマシンに作り変えるっていうのが今の趣味です。

―― 作り変えて何をやるんですか?

上田 これ将来的に、価格性能比的には最高だと思うんですよ。IoTデバイスのゲートウェイに同じボードを使えば、Bluetoothもついているし、Wi-Fiもついてるし、Linuxだしっていうので。いろんなデバイスをインターネットにつなぐ一番コストパフォーマンスの良いソリューションになるんじゃないかっていうことを思ってます。いまのところは、実は、単純に楽しいからそれこそハックしてるっていう感じですが。ウチに、謎のAndroid TVが山ほどあります(笑)。

AndroidTV分解の図
スティック型の中国製AndroidTVをバラしたところ。

―― 私も、中国で買ってきたスティックではないのを持っていますが。

上田 2,000円で何週間も遊べますね。ファームウェアの開発とかって全部中国の若いエンジニアがやってるんですけど、あの人たちは侮れないですね。

―― スピード感が違うって感じですかね?

上田 企業感がないんですよね。オープンソースコミュニティみたいな人たちがハードウェアも売ってるみたいな感じで(笑)、だからたぶん裏では設計図とかが自由に飛び交っているような感じでノウハウが共有されているんじゃないですかね(笑)。だいたいWebサイトとか見てると、たぶん兄ちゃんが5人ぐらい集まってやってるんだろうって感じなんですよね。なんですけど、技術力は結構凄くって。みんな辿々しい英語で世界とやりとりしてるんです。

―― 香港が好きなんで深センにも何度か行ってますけど、小さい会社がたくさんありますよね。そういう経済特区の中から、飛び出してくる会社が出てきています。Allwinnerとか脅威になってくるんじゃないですか?

上田 まさに今遊んでいるAndroid TVにはAllwinnerのチップが入ってます!

―― 64bitクワッドコアで何百円とかですからね。

上田 なのでいまブレイク寸前感がたぶん良いんじゃないかなっと思うんですよね。本当に凄いんですよ。だけど、なんか評価されていないですよね。みんなまだ気付いていない。でももうすぐ。

―― Raspberry Pi的なものを作ったら楽しいですね。それでもう1個違うスタートアップやられると良いんじゃないですかね。

上田 (笑)。

―― 中国製のドローンが来そうだなと思って見ていたらやっぱり圧倒的に出てきましたからね。

上田 DJIの途中からの加速っぷりが凄かったですね。

―― それこそ、Arduinoでみんなが遊んでいたものが製品になったのがドローンです。

上田 深センは、脅威ですね。

―― 行っちゃえば良いんじゃないですかね? 見学とかじゃなくて進出するんです。

上田 行っちゃえば良いかもしれないですね、もう本当に。

アスキー
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    最終更新: 10月17日(月)09時00分

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