脊髄反射で足が動く!奇跡の車いすCOGY

アスキー 10月21日(金)10時00分配信

 2020年、日本で歩行困難になる人は、約300万人になると予測されている。

 実際に一度歩行が困難になってしまうと、自分の足はどうせ動かないと諦めてしまうが、その流れに抗して社会課題を解決しようと取り組む”車いすベンチャー”がある。

 仙台のベンチャー企業、株式会社TESSが製造販売しているのは、「COGY(コギー)」というベダル付きの車いすだ。「歩行困難だから車いすに乗るのに、足でこぐというのは矛盾しているのでは?」とツッコミたくなるが、ただ足でこげる点がスゴイわけではない。このCOGYを使ってリハビリをした人の中には、寝たきり状態だったのが自分の足で立って歩けるようにまで回復した人もいるという、スゴイ車いすだ。

 いったい、どんな秘密でそんな魔法のようなことが起きているのだろうか。TESS代表取締役の鈴木堅之氏に聞いてみた。

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株式会社TESSの鈴木堅之代表取締役

カラクリは、人の本能を利用した脊髄反射

 COGYは、障害のために自分の意思で自由に車いすを動かせないユーザーであっても、自分の足でこいで自由に移動ができるという画期的なアイテムだ。

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●COGY仕様
利き手:左手推奨
重量:14.8kg(M)、17.3kg(L)
全体サイズ:全長1155mm×全幅627mm×全高881mm(M)、全長1346mm×全幅635mm×全高940mm(L)
タイヤサイズ:前輪16インチ 後輪8インチ(M)、前輪20インチ 後輪10インチ(L)
ブレーキ<7238>: 前輪:パーキングブレーキ 後輪:ドラムブレーキ
耐荷重:100kgまで(M)、136kgまで(L)
参考対応身長:145cm~180cm(M)、180cm以上(L)

 人は歩行を無意識に行っているが、じつは歩くことができない生後間もない赤ん坊も、上半身と股を支えて立ち上がらせると左右交互に足を動かす。これは人間が生まれつきに備えている"原始反射"のひとつで"原始歩行"という本能だ。COGYの仕組みはここにある。

 「人間は本能的に、右足が床に付くと左足、左足が床に付くと右足という反射的な指令が、脳を介さずに直接脊髄の『原始的歩行中枢』から出ていると考えられている。片方の足がわずかでも動けば、反射的な指令によって、もう片方の麻痺した足でも動く。COGYに乗るとわかるが、じつはものすごく狭くて窮屈。これが脊髄反射を出すために一番いい姿勢で、たまたま車いすの形を取っているが、実際は脊髄反射を出すための装置」だと鈴木氏は説明をする。

 片足がなくとも義足を付けて練習すれば動かせるし、頚椎の上から3番目以下の損傷であれば、この原始反射が出てCOGYを動かせる可能性が高いという。

 しかもそれだけではとどまらない。

 「脳を介さずに脊髄反射で足を動かしているが、その動かしている感覚が脳にフィードバックされ、やがて脳で筋肉をコントロールできるようになる。感覚神経の情報が、脳や脊髄の中枢神経回路をうまく調整している。これは『ニューロモジュレーション』と呼ばれている。COGYの場合、研究より先にこの現象が先に起きて原因が突き止められていなかったが、やっと最近、大学の研究で理論が追いついてきた」(鈴木氏)

 要介護度5で寝たきりの80代の女性のケースでは、自分では食事もトイレもできなかったが、毎日15分間COGYに乗って旦那さんと一緒に近所に買い物に行っていたら、1年半で自ら立ち上がって、マンションの5階まで杖もなく歩けるようになったと鈴木氏は例をあげた。

 COGYはこれまで6000台近く販売されているが、利用者からの反響では、「間違いなく元気になった」(鈴木氏)という声がほとんどだという。

問題は、長くなっている健康寿命と平均寿命の差

 元気になれる車いすであるCOGYは、何の解決を目指すのか。

 現在、世界中で自立できず歩けないという人は増え続けている。先進国では生活習慣病、なかでも糖尿病では膝や腰の痛みがあり、悪化して足が壊死して歩けなくなってしまう。この場合、家に引きこもり、世間から隔離されてしまうケースも多い。

 病気などで倒れた当初は、本人もがんばるし家族もサポートするが、そのあと両者とも諦めてしまう場合もある。そして亡くなる寸前に「もっとがんばればよかった」、家族も「もっとサポートしてあげればよかった」と後悔するケースもあるという。

 これは、とてももったいないことだと鈴木氏は語る。

 「今の日本では、”平均寿命”と、元気でいられる”健康寿命”の間の期間が平均で10年から13年間ある。この間隔は、すなわち病気や障害を負っている期間。もしCOGYが一般的になれば、最後まで楽しく過ごすサポートをできるのではないか」(鈴木氏)

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 鈴木氏がTESSを設立したのは2008年11月。創業から年数も経過しているが、認知度を高めるため、2年ほど前からCOGYを持っていろいろなベンチャー関連のコンテストやピッチ、イベントに出るようになった。各種の賞を受賞して近年では知っている人も増えてきたが、「それでも足りない」と感じるという。

 「最近の世の中はがんばっている人たちに対して冷たい。『そんなになるまで、何をがんばっているの?』という風潮。もっと、諦めない人というのはカッコいいという流れを作りたい」

 COGYは技術も確立され、医学的な根拠もできたが、社会の変化が足りない。そこに、COGYが普及するブレークスルーがあると鈴木氏は感じている。

 「健康寿命と平均寿命の差が長くなっている以上、歩行困難になることについては、健常者と障害者の差はない。これからの高齢者はもっとアクティブにいろいろな可能性にチャレンジしたいはずだが、高齢になると危険だからと自動車免許も取り上げて、電動車いすも追突したり充電が切れたら危ないという理由で取り上げられ、仕方なく家に引きこもってしまうケースを見てきた。人とコミュニケーションを取る機会がなくなり刺激が減ると、次には認知症へと進んでしまう。だからこそ、今のうちにがんばったり諦めないのはカッコいいというプロモーションをしたいと思っている」

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カラーバリエーションは黄と赤の2パターン。価格違いでMとLサイズがある

 普及を進めるCOGYは、介護保険も適用されており、利用料はレンタルで月1500円の自己負担、購入の場合はMサイズで32万9000円(税抜き)からとなっている。一般的な車いすと比べると、購入は高いが介護保険レンタルではそう変わらない費用感だ。現在、月産100台の生産を行い、普及をはかっている段階だが、広がりという点では、海外の方が普及に向けた動きは早い。

 アメリカでは、FDAという医療機器認証があり3クラスに分けられているが、COGYもまもなく全米で保険が使えるところまできている。退役軍人や傷病兵が多いため、COGYを使いたい声は高いが、保険が使えないと厳しく、FDA認可が下りてからが本格化となる。

 また、ドイツでは介護用品や福祉用具は個人で買うのではなく給付されるものだが、先日COGYがその給付品目の中に入ることになり、展示会へ出展予定だ。デンマークの首都コペンハーゲンでも給付品目に採用されて、デンマーク全域に広がりそうだ。ベトナムでは世界で初めて足でこぐ車椅子療法という医療行為になった。

 日本でも認知度を上げるために、プロモーションにお金を掛けて派手なやり方を取ればもっと注目を浴びることはできるだろう。だが、望むところが違うという。

 「出資者には申し訳ないが、『COGY』はビジネスとしてだけでなく、目指すところとして子供に乗ってほしいと考えている。どの国も少子化傾向なので、子供向けはビジネスにならないが、会社設立メンバーの目指すところはそもそも子供がターゲット」

 ここには、現場に携わっていた鈴木氏自身が変えたかった問題があった。

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なぜ、鈴木社長は「COGY」を作ったのか

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 TESSはビジネスと同じくらいに社会的な意義を重視したベンチャーだが、鈴木氏の起業への道のりもまた独特だ。

 そもそも、鈴木氏が志していたのは障害者支援だった。大学卒業後に就職したのは重度の知的障害者向けの施設。職員として鈴木氏は農作業やクッキー作りなどを一緒に行うなどしていた。

 「他所で受け入れられない最重度の人もいて、コミュニケーションも取れないので職員がやるのを目の前で見ているだけ。彼らもつまらないと思っているだろうし、私のほうでは無力感を感じていた。せめて、手が開きさえすれば何か参加できて楽しいだろう、と。それにはリハビリが大切なのではないか、と考えた」

 リハビリの勉強をするため、理学療法士になる専門学校に入り直したが、途中、金銭的な理由から就職することになり小学校の教員になった。しばらく普通学級の担任をしていたが、あるとき車いすの子供のいるクラスが担当になった。

 学校は勉強する場だったが、それだけではない。車いすだと制限があり、体育、運動会、遠足など、一番楽しいところに参加できない。鈴木氏個人としてその子にもっと関わりたいと思いながらも、クラスの担任であるため、その他大勢の生徒も含めて相手をしなければならず、当然できることは限られる。

 辛く思っていた、ちょうどその時期だった。

 「東北大学が研究している足でこぐ車いすがテレビで放送されて、寝たきりのおばあさんが車いすに取り付けられたベダルでスイスイと進む映像が流れていた。それを見て感激した。もし子供版があってこれを使えれば、車いすの子供も遠足で他のクラスメイトと同じスピードで動けるし、部活もできるかもしれない。リハビリが進んで立って歩けるようになるかもしれない。そしたら、就職もできるし、進路の選択も幅が広がるだろうと」

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 さっそく、その研究者に会いに行った。

 それが今も、「COGY」の研究の中心となっている現・東北大学名誉教授の半田康延博士だった。話をしてみると、まだ研究だけあり、実用化までを見通していなかったので、もし実用化したらどんなにすばらしいかを訴えた。

 その後2000年初頭、大学ベンチャーが各地で立ち上がる時期になった。波に乗って東北大学でもベンチャー企業が立ち上がり、足でこぐ車いすも実用化に向けて動くことになった。

 ずっとやりたいと思っていた障害を持つ人のリハビリ側からのサポートがやっと実現したと思い、鈴木氏は教師を辞めて営業担当として入社する。だが結果として、その会社は成功せず4年でたたむことになる。

 「資本金も億単位を集めて、営業も経理も一流の人材を登用していたが失敗した。いくつか原因はあると思うが、市場ニーズをつかめず1台の車いすを300万円という高価格で販売していた点、技術ノウハウを公開せずに外部に理解者がいなかったことなどが大きいと思っている」

 参加したベンチャーが解散することになり、大学側も足こぎ車いすの研究内容を放棄することになった。営業として最前線で顧客を見ていた鈴木氏は、やり方を変えれば普及させることができるのではないかと思い、大学側に掛け合う。知的財産を利用する独占権を得る形で、2008年11月にTESSを設立した。

職人芸でできたとんでもない車いす

 やりたいことのために会社を設立したが、人・モノ・金の全てがなかった。会社を設立したとはいえ、事務所もなく、借りるお金もないゼロの状態だ。時期もリーマンショック直後という最悪の状況。あるのは、鈴木氏の足こぎ車いすへの情熱のみ。

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 だが、歩けない人が足こぎ車いすを使う映像を鈴木氏が見せて回ることで、鈴木氏が会社に必要と思う人材、これから売り出すための最初の試作品、それを作り出すお金などがいい形で集まった。

 最初の試作品は、業界では著名なオーエックスエンジニアリングという競技用車いすを制作するメーカーが作った。

 「最初は、現在の『COGY』よりスポーティでカッコいいものだった。その試乗実験するために、初めて東北大学のリハビリ室に移動する途中では子供たちが寄ってくるくらい。それを見て、これならみんな喜んで乗るかも、と期待が生まれた」

 試乗実験は成功し、本格的な生産開始となったが、オーエックスエンジニアリングではハンドメイドで作るため生産台数が限られる。そのためCOGYは、東アジアや東南アジアを中心に現地の技術をもった生産工場とも特別な契約をしている。

 目下、COGYのライバルはいないと鈴木氏は語る。対抗製品がないだけでなく、そもそも類似製品もない。

 「真似しようとすればできないことはない」と鈴木氏は言うが、普通の車椅子はバラしてもパーツ数は50点にもかかわらず、COGYは300点を超える。しかも、その中には削り出しで作った特注部品もあり、そう簡単には真似できない自信がある。

 「中国の資産家の方が、日本に旅行に来たときに買って帰って、同じように真似して作ったけれど動かない、と直接に見せてもらったこともある(笑)。みなさん、真似して作るのを諦めている」

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取材を行ったのは数々のベンチャー企業のロボットなどがそろうサイバーダインが辻堂にて運営している湘南ロボケアセンター。COGYの試乗体験もできる

GoogleMap連動などの取り組みも

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Googleマップと連動して街中を進めるデモ。ストリートビュー利用も可能

 車いすだけに寄らない展開も進めている。現在、プレ販売だけで展開しているのが「COGY」とGoogleMapを連動したVRシステムだ。

 脳梗塞などで倒れて空間把握能力がなくなった人がいきなり外に出ると危ない。その訓練にCOGYとGoogleMapを使おうという試みだ。

 また、認知機能が低下した人は現在のことは忘れるが、昔のことや当時の場所は覚えている。その人の"知っている空間"をVRで映し出して、COGYを使ってVR空間を一緒に移動しながらコミュニケーションをはかるという目的もある。

 「ずっと寝たきりで動かなかった方が、『COGY』で自走するのが最初は怖いので、VRシステムで練習をする足こぎシミュレーターを作りたいと思っている。教習所の運転シミュレーターのようなもの。それと、東北エリアはそろそろ雪が降る時期、冬の間に日本全国的にCOGY利用者の方の体調は重度化してしまう。家から出られないため、COGYの練習不足になる。冬の間は家の中でもトレーニングできるように、このVRシステムのプレ販売をしている」

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 「VRシステム」と聞くとヘッドセットを活用した3D空間を想像するが、「COGY」ではプロジェクターなどで投影する方式を採用。ヘッドセットを使うと3D酔いになるという点と、壁に大きく映し出せばみんなで同じものを見られるためコミュニケーションを取りやすい点から、投影型に軍配が上がった。

 「すでに使用している施設では、例えば京都の清水寺を映し出して『COGY』で移動すると、『こっちに行くとおいしいお水が湧く場所があるんだよ』と高齢者の間で盛り上がる。そのようなコミュニケーションが大事。あるいは、東北エリアでは震災前の地図を映し出しながら街を散策できる。食べたばかりの食事内容も忘れてしまうような高齢者の方も昔のことなら覚えているので、施設の職員の方と過去の話をしながら『COGY』で移動してもらっている」

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家庭内で使えるように考案された台座

 直近では、10月8日からスイスで開幕されているサイバー義体を持つアスリートたちによる世界大会「第1回Cybathlon (サイバスロン)大会」のFESバイクレース(Functional Electrical Stimulation Bike Race)の部でCOGYが日本代表チームに採用されたばかり。

 この先、アスリート向けのスポーツタイプでCOGYの需要は増える見込みだ。サイバスロン大会は次回が4年後の東京で開催される。もしもCOGYに乗った強い選手が出れば話題になるに違いない。脚光を浴びる絶好のチャンスだ。

 現在COGYは、高齢者や障害者アスリートのトレーニングとして使われているが、今後、資金を調達して挑戦したいのは小児用モデルだという。鈴木氏の当初からやりたいと思っていた念願のジャンルだ。

 さらに将来の新型としては、要望が多いのが坂道でも平地と同じ一定のトルクで上り下りができるタイプもすでに研究段階として作られているという。

 「自動車が馬に取って代わるまでに約50年かかっているから、『COGY』も50年かければ普通に使われる世界になっていると思う。出資者の方に50年後の話をすると申し訳ないが」

 50年後、長命だけでなく、COGYのおかげで健康な人の多い社会が訪れていると想像するとそれは壮大な試みだろう。

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●株式会社TESS
2008年11月5日設立。東北大学発、研究開発型ベンチャー企業として、「あきらめない足こぎ車いす」COGYの販売やレンタル・リースを手がける。
起業直後に、挑戦支援融資制度の第1号案件として数百万を調達。直近では2015年10月、東日本大震災中小企業復興ファンドを運営する大和企業投資株式会社から総額1億5000万円の資金調達を実施。
社員数は2016年10月時点で11名。今後の展開にあたっては営業人材を検討。

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    最終更新: 10月21日(金)10時00分

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