30年前に一世を風靡した『TAKERU』はこんなにスゴかった!

アスキー 2016年10月25日(火)11時00分配信
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当時のPCユーザーから熱く支持されていたTAKERU

 30年前のPCソフトは、パソコン専門店でパッケージソフトを購入するというのが一般的。店頭在庫には限りがあるため人気ソフトは品切れしやすく、発売日に入手できないことも珍しくなかった。また、珍しいソフトや古いソフトはメーカーから取り寄せとなるため、欲しいと思っても手に入るのは1週間後……という時代だ。

 そんな30年前の1986年。まだ昭和の時分にいち早く“ダウンロード販売”を実現したのがブラザー<6448>のソフトベンダー『TAKERU(武尊)』だ。メニューから欲しいソフトを選んでお金を入れると、その場でマニュアルを印刷開始。また、出てきたメディア(フロッピーディスクなど)をセットするとソフトをダウンロードして書き込んでくれるため、すぐに持ち帰ることができた。新・旧はもちろん、メジャー・マイナー問わずどんなソフトも品切れなく購入できるという、画期的な自動販売システムだったのだ。サービス展開時には127台から始まったTAKERUも、最盛期には全国に約300台が設置されていたので、当時のユーザーであれば見たことがある、使ったことがあるという人も多いだろう。

 メーカー製のソフトはもちろんだが、イベントでしか入手できないような同人ソフトも扱っていたため、イベントに参加できない人にとってかなりありがたい存在だった。こういった点も、ユーザーから熱く支持されていた理由のひとつといえるだろう。

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パッケージソフトの裏面のように、画面上でソフトの詳しい紹介を確認可能。どんなソフトがあるのか興味があってもお金がない“ナイコン族”が、この紹介画面目当てでTAKERUを操作していたとかしていないとか
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メーカーからソフト提供を受け、ブラザー<6448>がデータベースセンターで管理。TAKERUからソフトをダウンロードすることで、店頭でのダウンロード販売を実現していた。また、売り上げやユーザー情報などの送信なども行なわれていた

 TAKERUには3つのモデルがある。初代の『SV-2000』は「武尊」の名前で登場し、青と白を基調としたデザインを採用していた。台数を大きく増やし、全国へと展開したのが2代目となる『SV-2100』だ。色は赤とグレーへと変更され、より目立つ筐体となった。「TAKERU」と聞いて思い出すのはこの姿、という人も多いだろう。

 3代目の『SV-2300』では2代目と比べ処理速度や通信速度を高速化。さらにTAKERU CLUB用のカードリーダーを装備したほか、取り扱いソフトを拡大し、より多くのソフトが販売できるようになった。色は黄色とグレーへと変更されてはいるほか、ドライブの位置が少し変わっているものの、デザインそのものは従来通りだ。なお、この3代目では「ある秘密の機能」が追加されており、これが後の事業へと大きく貢献することになる。

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雑誌に当時掲載された初代機の広告。導入された店舗は限られていたものの、実際にソフトの販売も行われた。これを見たことある人はかなりレアでは。
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全国の店舗で導入され、TAKERUの普及に大きく貢献したモデル。高止まりする通信コストの削減改造など、苦労話が多いモデルでもある
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約5年後に投入され、約300台体制へと増強された最終モデル。CPUの32ビット化やISDN回線の採用などによる高速化、タッチパネルの採用といった改良だけでなく、「ある秘密の機能」が追加されたモデルでもある

 実は初代の前にプロトタイプがあった。実際に登場したTAKERUとはデザインがまったく違い、どこか証明写真機を連想させる半個室のようなデザインが面白い。このプロトタイプ時は、コントローラーとしてPC-98を使用していたという。

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4台製造されたという幻のプロトタイプ。ファンとしてはこのデザインで店頭に出て欲しかった気もする

通信カラオケも支えていた!TAKERUの知られざる一面

 TAKERUの本質は、通信回線を使ってデータを販売するところにある。PC用のソフトとして販売するためには保存用のメディアとしてFDなどが必要だったが、データだけを扱うのであれば、持ち帰るためのメディアは不要となる。こういった用途で注目されたのが、「通信カラオケ」だ。カラオケは、物理的なメディアのセットを入れ替えながら再生するという方式が多かったため最新曲への対応が遅れがちだったが、通信カラオケなら、必要な楽曲データだけをダウンロードすればよく、曲数を簡単に増やせることからヒットした。

 ブラザー工業<6448>グループのエクシングが提供する『JOYSOUND』の初期では、この楽曲の中継サーバーとしてTAKERUを利用。昼間はソフトの販売として活躍し、夜はカラオケの中継サーバーという、2つの顔を持っていたのだ。この機能が追加されたのが、3代目のTAKERU。そう、「ある秘密の機能」というのは、実は通信カラオケの中継サーバー機能だったのだ。1台のTAKERUで300台ものJOYSOUNDがサポートできるよう設計していたというのだから、ずいぶんな働き者だ。TAKERUでソフトを買ったことがないという人でも、実は、TAKERUにお世話になっていたという事実に驚かされる。

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JOYSOUNDで最初の機種となる『JS-1』。1992年に登場。曲数の多さから人気が高まり、通信カラオケが一気に普及した

TAKERUで売られていた有名タイトル

 TAKERUで扱われていたソフトはパッケージで販売されていたものだけでなく、TAKERUでしか売られていないソフトも多くあった。大人気ゲーム『ソーサリアン』の追加シナリオ、『宝魔ハンターライム』などは、TAKERU専売のタイトルとして有名だ。また、今でも人気の高いRPG作成ソフトは当時からあり、とくに『RPGツクールまみりん』は1万5000本ほど売れたという。数だけ見れば少なく感じてしまうが、当時のPC普及率(10パーセント前後)と機種の多さを考えれば、かなりの販売数だ。

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日本ファルコム<3723>によるアクションRPG。ドラゴンスレイヤーシリーズの5作目。この拡張用の追加シナリオのVol.2、『戦国ソーサリアン』以降が、TAKERUで販売された
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奪われた魔法玉のかけらを回収するアドベンチャーゲーム。かわいらしい絵柄とお色気要素などもあって人気となり、のちにゲーム機にも移植された

 ビジネスや実用ソフトも多く扱われていたが、やはり数が多いのはゲーム。『A列車で行こう』、『三国志』、『大戦略』といった誰もが聞いたことあるメジャータイトルはもちろん、アマチュアによる同人ソフトなどの販売もあった。

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 また、PCの主流が16ビット機や32ビット機へと移っていく中、MSXなどの古い機種用のソフトはどんどんリリースされなくなり、さらに、古いソフトもパッケージ版は販売終了となることが増えてしまった。こういった古い機種用のソフトが入手できる数少ない手段として、TAKERUはありがたい存在だったのだ。

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TAKERUでソフトを買うのはどんな手順だったのか

 実際の購入は、まずは機種やジャンルからソフトを検索。ソフトを選んだらお金を入れ、出てきたメディアを取り出し、ドライブへとセット。書き込み終わったらメディアを取り出し、印刷されたマニュアルと一緒に持ち帰るという手順だった。

■TAKERUのソフト購入の流れ

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1.メニューからソフトを選択。機種やソフト名、発売日、ジャンルなどからソフトを検索する
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2.選んだソフトの紹介画面が表示されるので、目的のソフトかを確認する。
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3.購入を決めたらお金を投入。
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4.マニュアルの印刷が開始され、必要なメディアとパッケージで出てくる。
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5.メディアを書き込み口へとセット。
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6.書き込みが終了したら、マニュアルと一緒に持ち帰る!

 ソフト購入時に使うメディアは、汎用のラベルにエンベロープ、そしてプラスチックケース。メディアに“TAKERU”の文字はあるものの、パッケージソフトのようなイラスト入りのラベルや豪華なケースではないため、非常にシンプルだ。

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現存するTAKERUの内部に迫る!

 TAKERUの時代を先取りしたかのようなシステムは、どのようなハードで実現されていたのだろうか。その内部を少し見てみよう。

 機能を大きく分けると、ソフトをダウンロードして保存しておく記憶部、メディアを書き込むドライブ、メディアをストックしておく倉庫、メニューを表示するモニター、お金の認識ユニット、マニュアルを印刷するプリンター、そしてこれらを制御するコントローラーで構成されている。

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 この中でとくに気になるのが、記憶部だ。実はソフトの多くは記憶部のHDDに保存されており、そこにないソフトだけがダウンロードされる仕組み。毎回ダウンロードしていては通信速度がネックになるし、何より、通信費がかかりすぎてしまうからだ。通信用の回線は当初専用回線を使っていたが、コストが高くなってしまうため、加入回線へと変更。また、3代目からはISDNへと変更することで、低コストと通信速度の向上を実現した。

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 コントローラーとして使われていたCPUボードは自社製で、2代目までのCPUはV30だったが、3代目ではi386SXへと大きくパワーアップした。また、メディアやケースをストックしておく機構部分は機械を得意とする同社らしく、精巧な作り。実はドライブとメディアをストックしておける部分は拡張でき、最大4台まで接続できたそうだ。

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 もうひとつ重要な部分が、メディアを書き込むドライブだ。当時でもすでにソフトの不正コピーが問題になっていたものの、依然として不正コピーが多かった時代。それだけに、コピープロテクト技術はメーカーからソフトを提供してもらうために必須のものだった。ブラザー<6448>ではFDDのコントローラーとソフトを独自に作り上げ、TAKERUに搭載。回転数までコントロール可能だったので、コピーソフトでも簡単にコピーできない強固なプロテクトがかけられたのだ。

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TAKERU時代のPC環境ってどうだったの?

 今のような互換性はなく、メーカーごとに独自規格のPCを作っていたのが、TAKERUの活躍した'90年前後のPC環境。NEC<6701>のPC-8801やPC-9801、共通規格のMSX2+、シャープ<6753>のX68000、富士通<6702>のFM-TOWNSなど、個性的なPCが数多く登場した時代だ。

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初代PC-9801。この頃のPCを所有していた人でTAKERUを知らない人はおそらくいないハズだ
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月刊アスキー別冊『蘇るPC-9801伝説 永久保存版』(2004年発売)にもTAKERUが特集されていた

 ソフトはパッケージ販売が主流で、同じタイトルでも対応機種ごとに別のパッケージで並んでいるという状況。当時でもすでにソフトレンタルは違法だったが、レンタルではないというために、「当日中であれば販売価格の9割りで買い取る」といった買い取り保証を付けた中古ソフト販売という、限りなく黒に近いグレーな営業をしているショップもあった。のちにこれもレンタルとみなされ消えてゆくが、そんな時代にしっかりとしたダウンロード販売を確立していたTAKERUは、かなり時代の先を行っていたといえるだろう。

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    最終更新: 2016年10月25日(火)11時00分

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