QUEENブライアン・メイのギターを日本人製作家が作るまで

アスキー 10月29日(土)12時00分配信
QUEENブライアン・メイのギターを日本人製作家が作るまで

 神奈川県逗子市にあるギター工房・ケイズギターワークス代表の伊集院 香崇尊(かずたか)氏は、ブライアン・メイの愛器「レッド<3350>・スペシャル」のオフィシャルシグネチャーモデルを手掛けたことで、世界的に知られたギター製作家だ。

 そのケイズギターワークスは、2016年1月のNAMMショーで、初のオリジナルモデル「Kz One Standard」を発表。レッド<3350>・スペシャルの発展系とも言える、このフルオリジナルのハンドメイドギターは、ほかのどのギターにも似ていない音を持ちながら、適正な重量バランスや弾きやすさに優れ、最初から楽器としてパーフェクトな完成度を持っていた。

 そのKz Oneが気になって仕方ない私は、まず伊集院氏の過去の仕事ぶりを確かめておこうと、彼のギター作りの原点であるレッド<3350>・スペシャルのレプリカ「Kz Pro」を持つ友人を訪ねた。その完璧な機能、思わず顔を見合わせて笑ってしまうくらいの精巧さ、異常なまでにこだわった細部については、前回レポートした通りである。

 ギター製作技術の高さは当然として、あれはどう考えても普通の入れ込み方でやれる仕業ではない。そこまでギター製作家を夢中にさせるレッド<3350>・スペシャルとはなんなのか。そして、それがどうオリジナルギターの開発へつながっていくのか。今回は伊集院氏に会ってみた。

QUEENブライアン・メイのギターを日本人製作家が作るまで
ケイズギターワークスの逗子工房。新しいオリジナルギター「Kz One Standard」製作のため昨年7月に移転してきた
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工房の外観は、一見するとおしゃれなカフェ風だが……
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一歩中に入ると工作機械や木材でいっぱい

自分のためにレッド<3350>・スペシャルが作りたかった

―― Kz Proには驚きました。あんな値段なのに、最後は安いような気がしてきて。

伊集院 あれは作れて年間で6本。それを10年やりましたが、まったく商売になっていませんでしたね。

―― あれだけ手間がかかればそうでしょうね。ところで伊集院さんはお名前がすごい感じですが、バックに大きな資本や、やんごとなき事情があったりしますか。

伊集院 いやいやいや。ごく普通の家の出ですから。お金持ちでもなんでもありませんよ。

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伊集院氏。想像よりはるかにお若い

―― では平民同士ということで話を続けましょう。まずクイーンのファンとしては、ずいぶんお若くないですか?

 僕はいま40です。僕の周りにもファンはいませんでした。やっぱりコアなところは、ヨツモトさんみたいな、いま50代くらいの方でしょう。僕が最初にクイーンに興味を持ったのは17の時で、1992年くらいです。

―― もうフレディが亡くなった後ですね。

伊集院 おそらく最初は、NHKで見た日本のトリビュートバンドです。演奏していたのは「キラー・クイーン」で、いま思うとフレディー・エトウさんがやっていた「KWEEN」というバンドだったんじゃないかな。いまは「Queeness」というバンドをやっている方です。

―― 本家も認めたというプロのコピバンですよね。クイーン体験がまず我々とは違う。

伊集院 もうフルメンバーでは来日もしませんからね。高校時代と言えばPERSONZも好きだったんですが、当時ギターを弾いていた本田毅さんもブライアンが好きだったので、そこからクイーンへ行ったのかもしれない。どっちが先かわからないんですが。

―― どっちにしても直接ではないということですね。クイーンのなにが良かったですか。

伊集院 「ボヘミアン・ラプソディ」でノックアウトされました。なにより歌の内容が狂気じみていて。だから僕にとってのクイーンは、最初はギターではなくて、フレディかもしれないです。

―― でも、ギターは弾かれますよね?

伊集院 高校1年の頃からやってはいましたが、練習する根気がなかった。ということはギターを演奏する才能がない。だから、毎週土日は、自分の持っているギターをバラして、ネジ一個一個磨いて、また組み立ててみたいなことをしていました。

―― ああ、なるほどそっちの方に。

伊集院 結局、ものを作るのが好きなんですよ。高校が付属だったんで、一応大学には行ったんですが、1ヵ月くらいで行かなくなって、勝手に退学届を出しちゃった。やっぱりギターが作りたかったんです。それも、ただレッド<3350>・スペシャルが作りたい。自分のために。

自分の作りたいギターができるまでやる

―― 自分のために?

伊集院 そうです。あのギターがほしかったんです。だから22のときにギターの専門学校に入りました、大学を辞めて、それまでバイトで貯めたお金でね。ちょうどボンダイブルーのiMacが出た頃です。インターネットが普及し始めた時期で、海外の人達とやり取りができるようになって。

―― ああ、懐かしい話ですね。まだ速くてもISDNだったり。

伊集院 そうしたら海外にレッド<3350>・スペシャルのコミュニティーがあって。僕もファンのひとりとして参加していたんですけど、1990年代にGuildが再発したシグネチャーモデル(BM01)のトレモロユニットがオリジナルに近くて、その仕組みがどうなってるんだろうとか、そういうやり取りをしていましたね。

―― やっぱりディープな話が共有できるネットの影響は大きかった?

伊集院 ネットがなければレッド<3350>・スペシャルは作れていないです。レッド<3350>・スペシャルを作ってくれたら買いたいとか、あれば自分もほしいとか、そういう人の欲求を知ったのもネットです。

―― お客さんもいたと。でも、なにゆえそこまでレッド<3350>・スペシャルなんですか?

伊集院 ブライアン・メイが自分で作ったギターだから、オリジナルは世界に1本しかない。そのギターを、ずっと使い続けている。いまは何10億と稼ぐ人が、ほとんどお金をかけずに作ったギターを、ずっと使っているんですよ。

 唯一無二なんです、すべての面で。設計から、構造から、なにひとつほかのギターと同じところはない。トレモロユニットも自分のデザインだし、ブリッジも自分のデザイン。

 その彼と同じギターがほしければ、それは自分で作るしかないんです。僕はものを作るのが好きだし、だったら自分でと思うのは、僕の中ではものすごく自然なことなんです。そのために、まずギターを作る技術を身に着けようと。

―― ただレッド<3350>・スペシャルを作るだけのために。

伊集院 そうです。まだ、当時は若かったですから。将来のことをそんなに考えてなかったですし、すごく短絡的な、いまほしいから作ろうという、まあ子供と一緒ですよね。

―― じゃあレッド<3350>・スペシャル以前にギターを作った経験は?

伊集院 ないですよ。

―― でも、専門学校に行かれたんですよね?

伊集院 いや、専門学校に2年行ったって、売り物のギターは作れるようにならないですよ。

―― 文学部に行っても小説家になれないのと同じですね。では、レッド<3350>・スペシャルを作れるようになるまでなにをしましたか。

伊集院 あきらめない。

―― なるほど!

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「あきらめない」。あなたも座右の銘にしてください

伊集院 いや、ホントそれだけなんですよ。ギター作りは正解のない世界なので。あきらめずに自分の作りたいギターができるまでやる。それだけです。ちょっと手先が器用で、ちょっと楽器が好きで、ほかより良いものができたからって、ダメなんです。やっぱり強いビジョンがあって、夢があって、野望があって……。まあ、それくらいじゃないと。

―― なにかミュージシャンと一緒ですね。

伊集院 ほんとにそう、一緒です。あきらめない人が、最終的にミュージシャンになっているのと一緒。だから、あきらめなかったからギター製作家になっている。そういうことです。でも、僕はかなり特殊だと思います。ギターが好きなわけではなくて、レッド<3350>・スペシャルが好きなだけ。自分のレッド<3350>・スペシャルを作って、自分と自分の周りの人たちのために作れたら、それでいいと思っていました。

セオリーに縛られない自由なギター

―― でもレッド<3350>・スペシャルはギターの設計としてなっていない、という評価もありますよ。

伊集院 それは偏見です。ものすごい幸運が重なった結果だろうとは思うんですけど、それも含めて唯一無二のものなんですよ。一般常識であるとか、変な楽器業界のセオリーに縛られていない。本当に自由な発想、まったくほかのなにも真似をしていない。作れば作るほど、調べれば調べるほど、そうなんです。

―― ギターの作り方がわかっているプロだったら、ああいう風にはならないでしょうからね。

伊集院 ならないですね。でも、それがちゃんと機能している。もう完成してから50年以上も経っているのに。それに、あのブライアンの音を悪く言うギタリストはいないと思うんですよ。サウンドの好き嫌いはあっても、誰がどう聴いてもブライアンの音ですから。

―― そしてあのギターはどんどん神格化されていく。

伊集院 逆にいろいろ尾ひれがついて、あのギターは弾きにくいとか、ギターとして良くないとか。たしかに弾きにくい部分、扱いづらい部分はあります。だけど、あれはブライアンが自分のために作ったものなので、万人が弾きやすいものである必要はない。それを補って余りあるいいところもたくさんあるんです。

―― それはどこでしょう。

伊集院 まずピックアップの直列配線。ピックアップが3つあって、足していくと出力が2倍になる。実際にはインダクタンスなんかがあって、単純に2倍になるわけではないですが、感覚的にはものすごくストレートに扱える。そしてフェイズアウトにしたときの劇的な効き方。

 でも、直列につないでいい音が出るわけないと言う人もいる。ああいう配線は一般的ではない。だから試しもしないで、おかしいと言うわけです。レッド<3350>・スペシャルはすべてにおいてそうなんです。たとえば指板のペイント、ゼロフレット。それに、あんな構造のトレモロユニットやブリッジはないですから。

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友人所有のKz Pro。指板は高級木材のエボニーに似せるためオーク材に塗装され、表面はツルツル。ヘッド側の弦の支点はナットではなくゼロフレット。ナットで安定したピッチを得られないため考えられた仕組みで、最近はめったに見ない。しかし開放弦と押弦時の音の差が少なく、ギブソンが2015年型のレス・ポールに採用するなど利点も見直されつつある

―― おかしいと言えば全部が変わってますからね。

伊集院 ただ、良くないのは、ネックがめちゃくちゃ太いんですよ。クラシックギターみたいで、それは単純に弾きにくい。でも、そのおかげでサスティンがあったり、音に与える影響も大きい。研究すればするほど、いろんな部分が理にかなっている。だから、あの音を出したければ、完成度の高いオリジナルに近いレッド<3350>・スペシャルが、どうしても必要になってくる。

 あの、やたらにブリッジに近いピックアップの位置も、ものすごく大事です。ボヘミアン・ラプソディのソロのあのフレーズで、倍音が上手く反転して美味しい音になるかならないか。それはピックアップの位置や高さも含めて、かなりシビアな要素で決まるんです。だからレッド<3350>・スペシャルはレッド<3350>・スペシャル。それ以外に言いようがない。

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同じくKz Pro。電気系の特徴は直列接続された3つのピックアップと、各ピックアップ独立したオン/オフとフェイズスイッチ。リアピックアップはブリッジ直近にレイアウトされているため、単体では微弱な信号<6741>しか拾えず使い物にならない。よってセンターピックアップと同時に使うしかないが、それが様々なマジックを生む

レッド<3350>・スペシャルの秘密はこうして

―― そんな風にゼロから始めて、オフィシャル・シグネチャー・モデルを任されるまでにいたるというのは、かなりすごいですね。

伊集院 あれは運が良かったですね。工房立ち上げの2001年に、ブライアンのマネージメントにメールを送ったんです。レッド<3350>・スペシャルを作りたいから許可をくれと。そのときは「許可はあげられない。でも、ブライアン・メイの名前を使わないんだったら禁止はしない」という話で。それで試作を始めて、ようやく2本試作ができた頃に、グレッグ・フライヤーというオーストラリアのギター製作家に見せに行ったんです。

―― レッド<3350>・スペシャルを最初に修復した有名な方ですよね。

伊集院 彼もレッド<3350>・スペシャルのレプリカを作りたいと、ブライアンに手紙を書いたそうです。それで現物を見せてもらった。ものすごく細かい仕事をする人で、ネジひとつ外すのもブライアンの許可を得てやったそうです。それで信頼されたみたいですね。

 その後、2年かけて「ジョン」「ポール」「ジョージ・バーンズ」と名前の付いたレプリカを3本を作った。そのうち2本はブライアンが所有していて、98年に出たソロアルバムの「アナザー・ワールド」はそれでレコーディングしている。自分のレッド<3350>・スペシャルを使わずにね。なぜかと言うと、その時期に、ブライアンからレッド<3350>・スペシャルのリペアを手伝って欲しいと言われて、グレッグ・フライヤーが修復しているんです。

―― オリジナルはドック入りしていたと。

伊集院 グレッグ・フライヤーはブライアンの家へ行って、2ヵ月か3ヵ月、泊まり込みでリペアしたそうです。そのときに、プロのギター製作家が初めてレッド<3350>・スペシャルを分解して計測し、構造を分析した。それで、いままでわからなかったことや、より正確なデータが出てきたわけです。

―― そのグレッグ・フライヤー氏に、試作を見せた反応はどうでしたか。

伊集院 まずレッド<3350>・スペシャルが作りたくて、ギターを作るようになったと言ったら「そんなヤツは初めて見た」と言われました。僕のギターも気に入ってくれて「将来、一緒にレッド<3350>・スペシャルを作ろう」と。そのときに、彼がブライアンに橋渡しをしてくれて、そこからずっとグレッグとはやり取りがあります。

夢がイメージを上回る形で叶う

―― それがシグネチャーモデルにつながった?

伊集院 まあ、そこからトントン拍子には進まなかったんですが、2005年に、僕が作っていたKz Juniorというモデルをたたき台にして、ミドルレンジのシグネチャーモデルを作ろうと。ブライアン・メイ・ギターズの社長も来るというので、オーストラリアのグレッグ・フライヤーのところへ行き、一緒に開発することになったんですね。

―― ブライアン・メイ・ギターズはどんな会社ですか?

伊集院 ブランドです。ピート・マランドロンというブライアンのギターテックと、House Musicというロンドンの大きい楽器屋さんの社長が2人で立ち上げた会社。もちろんボスはブライアン・メイなんですけど、おそらく長年の付き合いから、2人にブランドの管理を任せているんでしょう。

―― シグネチャーモデルは評価も高かったようですが。

伊集院 2001年、25歳のときにレッド<3350>・スペシャルのために工房を立ち上げたんですが、そのときの夢がイメージを上回る形で叶ってしまった。だから最後の1本を作りきって、もうレッド<3350>・スペシャルに関しては満足しちゃったんですね。じゃあ、その後どうするのかということで、いろいろ考えたんですが。

―― それがオリジナルの「Kz One Standard」につながるわけですね。

伊集院 そうです。さっきの話とはまた違うことを言いますが、レッド<3350>・スペシャルはいい楽器ですけど、ギターとしては良くない部分もある。僕がいま興味があるのは、自分が一番いいと思っている、最高のギターを世の中に広めること。その第一弾ということです。

 そのレッド<3350>・スペシャルの進化系とも言えるKz One Standardは、どういうギターなのか。次回は、このオールハンドメイドの国産オリジナルギターについて迫ります。

QUEENブライアン・メイのギターを日本人製作家が作るまで
組み立て塗装まで終わり、パーツの組み込みを待つ状態のKz One Standard


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    最終更新: 10月29日(土)12時00分

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