業界に痕跡を残して消えたメーカー 買収先が行方不明になったチップセット会社Corollary

アスキー 11月28日(月)11時00分配信

 前回のRCCはさすがに使ったことがあるユーザーは少ないと思いきや、Champion 1.0を数台持っておられるという方がいらっしゃって、さすがに筆者もびっくりした。

 ただ、さすがに今回紹介するCorollary, Inc.のチップセットを積んだマシンをお持ちの方はそういないと思う。前回説明したProfusionチップセットを提供していた会社である。

ハイパフォーマンスマシンの
技術をOEMメーカーに提供

 Corollary, Inc.は1985年、 George White氏とAlan Slipson氏により設立された。前職は2人ともTexas Instrumentsの上級管理職であり、2人で独立して創業した。

業界に痕跡を残して消えたメーカー Corollary
左がWhite氏、右がSlopson氏である

画像の出典は、“Corollaryのホームページのアーカイブ

 ちなみにCEOはWhite氏が勤めている。Slipson氏はUNIXのエキスパートであり、同社のマシンにさまざまなUNIX系のOSを実装する中心人物だったという記述もあるが、単なるソフトウェア屋さんではなく、ハードウェアも理解できる人物だったようだ。

 そのCorollaryが手がけたのは、x86をベースにしたスケーラブルなハイパフォーマンスマシンである。ただ同社は当初、自社で製品を作るのではなくOEMメーカーに協力する形で技術提供を行なうという、普通と異なったビジネスを展開した。

 これが同社にとって初めて手がけた製品かどうかは怪しいが、最初にCorollaryの名前が出た製品が、Zenith Data SystemsのZ-1000というマシンである。

業界に痕跡を残して消えたメーカー Corollary
Z-1000の構成。メモリーサイズの64MBは、今から思えば全然足りないのだが、GUIのない当時では十分なメモリー容量だった

画像の出典は、“Computerworld誌 1998年8月22日号

 最大6つの80386を搭載する構成で、この上ではSCO Xenix 2.3が動き、最大160人のユーザーがターミナル経由で利用可能というものだった。MS-DOSのセッションもここで利用可能で、Lotus 1-2-3などのアプリケーションが利用可能という触れ込みだったが、これが本当に可能だったのかどうかははっきりしていない。

 他にNovellのNetwareも移植予定だったそうだ。1987年に発表されたが、出荷は1989年3月までずれ込んだ。価格は2プロセッサーのモデルで1万9000ドルから、6プロセッサモデルは5万9300ドルからとなっていた。

 ハードウェアの構成を見ると、High-speed multiprocessor busと呼ばれる独自バスはバーストで64Mbit/秒、連続転送で42Mbit/秒のバス幅を持っており、ここがメモリーアクセスとキャッシュコヒーレンシ制御を行っていた。

 またI/O Busとして64KBのキャッシュを持つ6Mbit/秒のSuperset Busなるものも用意されており、こちらは高速I/O向け(HDDだろうか?)となっていた。

 商業的にZ-1000が成功したかと言われるとやや首を傾げたくなるのだが、きちんとシステムができたことでCorollaryの株が上がったことは間違いない。

 この後Corollaryは、486ベースのシステムの開発を手がける。1989年に同社はC-Bus Iと呼ばれるインターフェースをベースとしたマルチプロセッサーシステムを開発する。

 ちなみに名称はCorollary Bus Iの意味で、PC-9801で採用されたC-Bus(Compatible Bus)とはなんの関係もない。このC-Bus Iは、486をベースに最大8プロセッサーのSMP構成が可能となる仕組みで、まずZenith Data Systemsがライセンスを取得した。

 次いでDigital Equipment、Unisys、NEC<6701>、Everexなどサーバーを手がける企業が相次いでやはりライセンスを取得した。このC-Busに関しては実は仕様がよくわからないのだが、これを拡張したC-Bus Extentionに続き、1991年にはPentiumをサポートするC-Bus IIを発表する。このC-Bus IIに関してはもう少し資料があるので説明しよう。

多くの企業に採用された先進的なチップセット
C-Bus II

 C-Bus IIは64bit幅で、バス帯域は400MB/秒となっているので、バスクロックは50MHzほどになる計算だ。おそらくは共有バス方式を取っており、1つのC-Bus IIに最大4つまでプロセッサーを搭載できる。このC-Bus II同士を最大4本まで1つのシステム内で接続できる構成になっていたと思われる。

 またPentiumそのものはBusにECCが出ていないが、C-Bus IIはバス自身にECCのサポートが付き、またメモリーもECC付きを標準でサポートしている。

 さらにC-Bus IIには192Byteと非常に小さいながら高速なキャッシュが搭載され、これは排他的キャッシュ(Victim Cacheとも呼ばれるが、AMDがK8世代で使っていたアレだ)構成で、システムから見ると3次キャッシュとして動作した。

 メモリーはシステム全体で3GBまでサポートしており、バスプロトコルはライトバック方式のキャッシュコヒーレンシをサポートするという、なかなか先進的な構成であった。おまけにバスの電気的特性としては、P6バスよりも早くGTL(Gunning Transceiver Logic)を採用している。

 GTL自身は、XeroxのWilliam Gunning氏が1991年に開発したもので、JEDEC標準にもなっている規格であるが、早くからこれを採用したことの意義は大きい。ちなみにP6バスには、このGTLを改良したGTL+(改良を行なったのはFairchild Semiconductor)が採用されている。

 特徴的なのはこのC-Bus IIは、SCSI/PCI/EISA/MCAの各バスとのI/Fをサポートしていることである。PCI/EISA/MCAはわかるのだが、直接SCSIへのバスブリッジが出るインターコネクトというのは、筆者は初めて見る。

 またOSとしてはIBMのOS/2 SMP、Windows NT Server、Novell Netware、SCO Unix Ware、SCO UNIX/SCO MPX、Sun Solarisがサポートされており、すべてのOS環境でSMP構成を利用可能だった。

 このC-Bus IIは、3種類のライセンス形態があった。1つは完全にカスタマーが自作する場合で、この場合500ドル払うだけで完全なバスプロトコルの仕様書を入手できた。

 もう少し楽をしたいという場合、Corollaryが提供するC-bus II ASIC(SIMPL Chipset)を購入し、これでシステムを構築できた。このC-Bus II ASICにはCBC(Cache Bus Controller)、DPX(Data Path Exchange)、PCIB(PCI Bridge)、CMC(Cache Bus Memory Controller)の4種類から構成されている。

 もっと楽をしたければ、C-Bus II Board Level Productと呼ばれるボードも同社は提供した。CBII/6000という型番の製品があったことはわかっているのだが、こちらの具体的な構成や写真などはついに手に入らなかった。

 ただ通常サーバーメーカーは、2番目のチップセットを購入して自社でサーバーを組み上げる選択をした。代表例の1つは、IBMが1996年に発表したPC Server 720であろう。このマシンはPentium 166MHzを最大6Pで構成できるというもので、タワー型のシャーシに最大6枚のプロセッサカードと7枚の拡張カードを搭載できた。

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PC Server 720のシステム構成。一見普通のミドルタワーに見えるが、寸法は353(W)×755(D)×622(H)mmと一回り大きく、HDDを1台入れた状態の最小構成の重量は31.3Kgだったそうだ

画像の出典は、“IBM EPRM

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PC Server 720のバックプレーン構成。左下がCPU/メモリー用のスロットで、Slot 2がプライマリのプロセッサー/メモリーカード、Slot 1が拡張メモリカード、Slot 3~7が拡張CPUカードとなっている

画像の出典は、“IBM PC Servers Hardware Maintenance Manual Marchi 1996(S30H-2501-01)”

 肝心のプロセッサーカードが、下の画像だ。微妙に2枚のカードで配置が異なるが、76H3545と76H3248という2種類のカードがあったようで、下のカラー画像が76H3545、モノクロ画像が76H3428なのではないかと思われる。

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画像は不鮮明だが、ヒートシンクの下にPentium 166MHzが隠されており、下側のカードエッジの傍にCorollaryのチップが並んでいるのがわかる

画像の出典は、“ICD, Inc.

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こちらはモノクロだが、多少画像は鮮明になっている。チップセットは左からDPXが2つ並び、その横にCBCがいる。CPUとの間に並んだチップは、キャッシュとかではなくCPLDかなにかのようだ

画像の出典は、“Pentium "antichi" o particolari

 このC-Bus II製品は結構なヒットになり、Data General、富士通<6702>日立<6501>、IBM、Intergraph、NEC<6701>、Olivetti、CHEN Systems(連載346回に出てきたSteve Chen博士の会社だ)、Samsung Electronicsといった多くの企業に採用されるに至る。

 ちなみにC-Bus IIは上に書いたように最大16プロセッサーまでサポートしていたが、実際に販売された構成は8プロセッサーが最上位だったようだ。

 Data GeneralのAViiON Enterprise Servers model 5800やNEC Express 5800/170などいくつかの採用例はあるが、これを超える規模はそろそろ共有メモリー方式では厳しいという判断だったらしい。この教訓は続くProfusionに生かされることになる。

新チップセットProfusion

 インテルはPentiumに続き、Pentium Proの開発を行ない1995年末に出荷を開始するが、これにあわせてCorollaryも新チップセットであるProfusionを開発した。1996年8月には搭載製品の発表をしているため、おそらく1995年中にはOEMへの提供が始まっていたのだろう。

 Profusionに関しては、1997年に行なわれたIEEE Hot Interconnects Symposium VでCEOであるWhite氏と、同社のDirector of System Architectureを勤めていたPete Vogt氏による講演が行なわれている。そこでこの講演のスライドをいくつか取り上げよう。

 Profusionは4~8CPUの市場をターゲットにしている。8Pを超えると、OSやアプリケーションレベルで特殊な対応が必要になるので、8Pまでに留めておくのが賢明という判断である。

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Profusionの市場戦略。4~8Pというのは、OEM先が当然拡張性を要求するからで、まず2Pを入れて後から4~8Pにアップグレード、というパスを残す必要があるためだろう

画像の出典は、“Profusion, a Buffered, Cache-Coherent Crossbar Switch

 ただし4Pを超えて共有バス構成にすると、今度はバスがボトルネックになる。そこでProfusionではFSBを2つに分割し、さらにキャッシュコヒーレンシ・フィルターをそれぞれ搭載した上で間をクロスバーでつなぐ構成になっている。

業界に痕跡を残して消えたメーカー Corollary
なんのことはない、連載210回で解説したGreencreekの超ご先祖様である

画像の出典は、“Profusion, a Buffered, Cache-Coherent Crossbar Switch

 FSBそのものはPentium Proにあわせて66MHzであるが、2つのメモリーチャンネルを持ち、限りなくccNUMAに近いハードウェア構成に近いながら、きちんとキャッシュコヒーレンシが取れているのでソフトウェアから見れば共有バスにすべてのプロセッサーが載っているように見えるというものだ。

 ちなみに4つのプロセッサーごとに32MBの共有3次キャッシュを搭載しており、これでバストラフィックの軽減を図る工夫もなされている。

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Profusionのバス構成。これはソフトウェアから見た構成であり、クロスバーは完全にトランスペアレントになっている

画像の出典は、“Profusion, a Buffered, Cache-Coherent Crossbar Switch

 クロスバーの中身は5ポートのSRAMで、特にFSBFSBとメモリーインターフェース、およびI/Oポートとメモリーインターフェースは高速にアクセスするFast Pathと呼ばれるデータパスが用意されている。

業界に痕跡を残して消えたメーカー Corollary
クロスバーの構造。FSB同士、あるいは2つのメモリーインターフェース同士の間にはFast Pathがなく、こうした通信では一旦SRAMにデータを書き込み、そこから改めて読み出す形になる

画像の出典は、“Profusion, a Buffered, Cache-Coherent Crossbar Switch

 このFast Pathを経由する場合、データは内部のSRAMに書き込むのと並行して、出力側にデータが送り出されることで、レイテンシーを最小限に抑える工夫がなされているそうだ。Pentium Proのキャッシュラインサイズは32Bytesなので、64ラインだと全部で2KBになり、サイズとしては上の画像のSRAMはそう大きなものではない。

 ただPentium Proは同時に4つのキャッシュラインアクセスを発行できるため、8CPUがそれぞればらばらにリクエストを出したとすると最大32ライン分になる。64ラインはこの倍の容量になるわけで、ファブリックとしては十分ということなのだろう。

 チップそのものはMAC(Memory Access Controller)チップが0.35μmプロセスで約60万ゲート、パッケージは596ピンのBGAである。これとは別に、DIB(Data Interface Buffer)が0.5μmプロセスで約5万ゲート+2KBマルチポートSRAM、655ピンのBGAパッケージで提供されるとしている。

 この2つでProfusionチップセットが構成される。厳密に言えば他に、3次キャッシュコントローラーもあるはずだが、これに関しては講演の中では言及されていない。

業界に痕跡を残して消えたメーカー Corollary
FSBに関してはアドレスがMACに、データがDIBにつながる。中央のSDRAMアレイがメインメモリーである

Corollaryを買収した同名の会社が
2つある不思議な事態に

 Profusionチップセットが正式に発表されたのは1996年8月のことで、同年11月にはインテルと日立<6501>、Samsung Electronicsがライセンス供給の契約を結んだことと、日立及びSamsung Electronicsがこれを利用したシステムをリリースすることを明らかにしている。

 これに続きData GeneralやCompaq ComputerもCorollaryと契約を結ぶが、このCompaqとの契約に先立つ1997年9月30日に、Corollaryはインテルに買収された

 この時点ではまだCorollaryは株式非上場ということもあり、買収金額などは明らかにされていない。また買収時には、Corollaryはインテルの子会社として会社組織が存続し、CEOには引き続きWhite氏が就くという発表であった。

 ではその後どうなったか? 少なくとも1998年1月の時点では、まだCorollaryのページは存続した。

業界に痕跡を残して消えたメーカー 買収で2社に分裂したCorollary
ややレイアウトが変わったが、基本的な中身は以前と変わらず

画像の出典は、“Web Archive

 ところが同年3月にCentral Data CorporationがほぼCorollaryの資産全部を買収したことを発表している。

業界に痕跡を残して消えたメーカー 買収で2社に分裂したCorollary
これは1998年12月3日のアーカイブで、しばらくこの状態が続いた

画像の出典は、“Web Archive

 インテルはこれに関してなにも発表しておらず、またCentral Data Corporationも現状がわからなくなっている。同名の会社は2つあり、1つはデータ処理ソフトを開発する会社だが、同社のページはすでにアクセス不能である。

 もう1つはUSBなどのデバイスを製造する会社で、こちらは1998年6月にDigi Internationalに買収されてすでに存続していない。おそらくこれらとは別のCentral Data Corporationがあったと思われるのだが、もはや行方不明である。

 そしてインテルは早々に同社の資産を売り払ったことで、多くの8Pシステムを構築するOEMベンダーのはしごを外してしまった形になる。

 なぜこんなことを、というのはまったくわからないのだが、White氏はこの売却とほぼ同タイミングで辞任し、現在は特許保護サービスを提供するG.White Patentsを運営している。一方Slipson氏はすでに引退し、現在はカリフォルニアのオレンジ郡に在住だそうである。

アスキー
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    最終更新: 11月28日(月)11時00分

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