iPhone 10周年と筆者の米国での5年

アスキー 01月12日(木)10時00分配信
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10周年を迎えたiPhone。写真はその中でもデザインが筆者お気に入りのiPhone 5です

 米国では冬の嵐にも、ハリケーンのように名前が付いています。先週の嵐は「ヘレナ」という名前が付けられ、今週来ている嵐は「アイラス」。ちゃんとアルファベット順の名前が選ばれていました。

 この原稿を書いている月曜日は、午前中から昼にかけて、奇跡的に太陽がさしましたが、午後になるとすぐにどんよりとしてきて、火曜からは雨の1週間となります。

 そんな月曜日、ローカルニュースの話題は、iPhoneが発表されて10周年を祝うものでした。2007年1月9日、サンフランシスコで開催されていたMacworldの基調講演で、スティーブ・ジョブズ氏が発表しました。その様子も映像で流れてきて、懐かしい気分になりました。

 ジョブズ氏は、「タッチ操作のワイドスクリーンiPod」「革新的な電話」「まったく新しいインターネットコミュニケーションデバイス」の3つを紹介するといい、しかしそれは1つのデバイスだとして「iPhone」という名前を披露しました。そのプレゼンテーションは、YouTubeなどで見ることができます

iPhoneの登場は興味の融合の瞬間だった

 さて、10年前、筆者は駆け出しのフリーランスジャーナリストで、テクノロジーとライフスタイルをテーマにしていました。特に「ケータイ」と「Mac」という2つの製品にフォーカスしていました。

 ケータイは、筆者が大学時代に生活を大きく変える経験をしたテクノロジーであり、筆者の世代観や将来の生活の核となる存在となっているからです。同時に、中学の時に先にPCに触れている関係で、どうしても「パソコン > ケータイ」というヒエラルキーから抜けられないところも、自分の中での世代観との乖離という面で興味を持っているところです。

 iPhoneの発表は、前述のケータイとMac(Apple)という2つのテーマが1つに融合する瞬間だったわけで、ちょっと小躍りしたのを覚えています。また高校時代に自動車部に所属するほどクルマが好きな筆者からすると、Appleを初めとするシリコンバレーの企業が自動車に興味を持ち、Teslaという新興自動車メーカーまで登場したことも、同じような感覚で受け入れました。

 ちなみにTesla については、サンフランシスコ湾岸地域の都市フリーモントにある工場を見学してきましたので、また別の機会にご紹介したいと思います。

iPhoneとケータイを切り離して考えていた当時の筆者

 iPhoneが登場した際、不思議と筆者はケータイとiPhoneを切り離して考えていました。確かにiPhoneはケータイなのですが、カテゴリーとして別のもの、というとらえ方をしていたからです。

 2006年に筆者は長年使って来たNTTドコモ<9437>からMNPでソフトバンク<9984>に移りました。そこで手にしたのはHTCのWindows Mobile端末。同時にKDDI<9433>のMEDIA SKINも持っていました。スマートフォンとケータイをそれぞれ持っていて、iPhoneはスマートフォンの進化形という理解だったからかもしれません。

 その後2008年7月にiPhoneが日本でも発売されることになり、表参道のソフトバンクショップに並んで手に入れました。メイン回線をソフトバンク<9984>に切り替えていたことが功を奏し、そのままメイン回線をiPhoneで使うことにしたのです。

 ケータイの体験からすれば、2008年のiPhone 3Gは見劣りするものでした。カメラ、メッセージング、形態進化で得た各端末の特徴などがなく、大きなスクリーンがそこにあるだけ。ハードウェアとして面白みがないことは、初代iPhoneと現在のiPhoneを比べて、デザインの要素に変化がないことからも明らかでした。

 そこで、当時考えたことは、進化の方向性が変わったということでした。よく使っていた例えは「昆虫と人間」。ハードウェアで進化してきた昆虫に対して、形は同じながら脳みそによって進化してきた人間という対比です。

 初代iPhoneとiPhone 7を比較すると、処理能力120倍、グラフィックス240倍と、とんでもない進化をしています。これはハードウェアの進化です。しかしその上で動くアプリケーションや、通信、決済などのインフラの進化も非常に大きかったと振り返ることができます。

 加えて、それらを活用するアプリの存在が、脳みそによる進化の本質だった、と振り返ることができます。

便利な日本では気づきにくいITによる変化
だからこそ、この5年間を米国で過ごせて良かった

 2011年に渡米しバークレーで暮らし始めた筆者は、10年のiPhoneの歴史の後半5年間を米国で過ごしたことになります。これは、スティーブ・ジョブズ氏がなくなってからのAppleの5年間でもあり、また米国がスマートフォンによって大きく社会変革を起こしつつある5年間でもありました。

 たとえばUberは、すでにサンフランシスコ周辺の人々の「移動手段」で上位の優先度に入っています。5年前の11月、寒空の下、Mountain View駅の前でタクシーを待っていた悔しい記憶を思い出すと、スマートフォンが行き渡った社会で解決された問題はたくさんありました。

 日本ではあまり盛り上がっていませんが、レストランに限らず学校から公園まで、顧客がクチコミレビューを書くYelpは確実にこのエリアのサービスや品質を高めていると思いますし、前回ご紹介したように、分単位で雨雲を察知することもできるようになりました。

 背後には人工知能やパターンマッチングなどの様々な技術が隠れていますが、スマートフォンの上で飛び交う情報と通知は、米国での暮らしを便利にしてくれている、という実感があることに大きな価値を感じています。

 おそらく日本にいたら、もともと社会が素晴らしく便利だったので、その変化に気づくことが難しかったのではないかと思ったからです。

 それでも、まだ日本の方が便利な点は、本連載でも過去に触れているとおりで、Apple Payがちょっと日本に上陸した途端に、世界で最も便利にApple Payが利用できる国になってしまうほどのインフラがあるのです。

 そうしたアドバンテージはまだ日本にあると思います。東京で鉄道を利用すれば、世界中の人たちが驚き、日本ではUberが流行らない理由をすぐに理解してしまうでしょう。

 それだけに、これからの5年間は、日本で我々が何気なく触れてきた体験・日常を、いかにモバイルアプリに落とし込んで、世界の他の都市の問題を解決するかが重要です。そのためには、世界の都市の不便さに直面したり、それと日本を比較するところから始まると思います。

 その点で、筆者が米国の事情を伝える事も大切ですし、できるだけ多くの人に見に来てもらいたいと考えています。ということで、もしサンフランシスコ、バークレーにお立ち寄りの際はお気軽にお声がけください。


アスキー
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    最終更新: 01月12日(木)10時00分

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