「全ての基板を置き換える」フレキシブル基板で産業を変革するAgIC

アスキー 2017年04月21日(金)07時00分配信

 電子回路を印刷で製造する技術を開発する東大発ベンチャーのAgIC(エージック)。回路が描けるペンとインクが消せるペンなども一般消費者用に販売しており、教育分野での評価も得ている同社だが、現在は法人向けの展開が主となっている。

 印刷プロセスで作れる電子回路は、既存のフォトリソグラフィプロセス(感光性物質への露光によるパターン生成技術)よりも製造プロセスが簡略化され、材料も少なくて済むため、製造コストとリードタイムを大幅に下げられるという画期的なものだ。2017年からは、耐久性や耐熱性に優れ、既存のフレキシブル基板とほぼ同等の性能を持つ”印刷と銅めっきを組み合わせた産業用回路印刷サービス”を水面下で開始しており、メーカーからの評価も高いという。

 2014年の創業から3年を経たいま、事業の進捗とフレキシブルプリントの未来についてAgIC株式会社の清水信哉代表取締役社長に話を聞いた。

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AgIC株式会社代表取締役社長の清水信哉氏

既存プリント基板のリプレースこそが当初からの目的

 創業間もない2014年3月、AgICは米国のクラウドソーシングサイトKickstarter(キックスターター)で、電子回路をインクジェットプリンターで印刷できるプロジェクトを発表。3万ドルの目標を大きく超える8万ドルという資金を獲得したことで話題を呼んだ。しかし清水代表としてはそのとき、すでにより高い目標があったと言う。

 「もともとのコンセプトは、当社のプリント基板で携帯電話などの中に入っている既存の基板をすべてリプレースするというもの。しかし、耐久性をはじめ技術的に足りない部分が多かった」(清水氏)

 外部から問い合わせが入っても、関心を持った会社に評価してもらうと、「このスペックだとちょっと使えない」というフィードバック。創業当初はその繰り返しだったという。結局当時の技術では利用できるフィールドが限られていたため、高度な性能が求められるわけではない顧客として教育分野にも乗り出した。

 「電気回路の実験用に指定教材として選ばれ、実際、公立小学校や中学校でも使われるなど、それなりの成功を収めている。しかしそれだけでは成長できないので、並行して技術的に足りない部分を高めるべく技術開発を進めていった」

 そのようにして創業から3年。2017年にようやく本格的に法人向けにフレキシブル基板の製造サービスを提供できるところまで来たという。AgICの社員は現在もわずか9名。スタートアップにとって、3年は短いようで長くもある。

競合がないリーディングカンパニー

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画像提供:AgIC

 「この分野では、じつはまだ理論的にわかっていないことも少なくない。インクやメッキなど、こういう添加物を入れたらこういう結果が出るというのは、理論ではわからないことのほうが多い。今後いろいろな方向へ発展していくような技術の開発に関しては、このくらいの人数がちょうどいい」と清水代表は語る。

 AgICでは、専用の印刷機を内製し、その後、印刷媒体として紙をはじめさまざまな素材とのマッチングを探っていくという地道な作業を繰り返している。そういったなかで、技術的なマイナス要因を取り除き、さらなる新技術を開発しているという。法人向けサービスでのブレイクスルーは、「銀を印刷したあと、銅メッキによって導電性金属を形成する技術」を確立したことだ。

 立ち上がった新技術は、AgICフレキシブルプリント配線板「AP-2」として展開。既存のフレキシブル基板の製造サービスに比べてコスト半額以下・納期も半分という展開を行っている。現在はクローズドでの製造サービスを展開しているが、まもなく一般公開予定だという。

 「プリントした銀の回路の上に銅メッキを重ねるという技術の開発がポイント。メッキのメーカーとも共同で実験を繰り返した。我々の銀を使ったインクでは、インクジェットプリンターでプリントでき、またペンで書いても速乾で非常に使いやすくできている。しかし、耐久性と電気抵抗の部分で法人向けとは言い難い。これを銀に銅メッキすることにより抵抗値が下がり、流せる電気の量が格段に大きくなった」(清水氏)

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画像提供:AgIC

 AgICが磨いてきた化学分野の技術は、ひたすらに仮説からの実験を繰り返して、たまたま良い製品ができあがるということの繰り返しだそうだ。試行錯誤を繰り返して最適な製品はできあがるが、その背景理論はよくわからないといった状態もいまだにある。強度を高めるメッキの技術においても試行錯誤の毎日。厚みの許容範囲がどのくらいなのか、その精度を出すのにはどうすればいいか、日々挑戦を続けている。

 現在ではメッキする銅の厚さも変えられ、それこそ当初の目標であった携帯電話で使用できるほどの電気量も流せる基板をつくることができるようになっている。また、銀だけでそれだけの厚みの回路をつくると莫大なコストがかかるが、原価が安く導電率も銀と同様に高い銅を使用することにより、大幅なコストダウンが期待できるという。

 本来は銅そのものをプリントできればいいのだが、銅ならではのさまざまな要因でそれは難しい。その点、加工しやすい銀をプリントし、それを”シード”にして銅メッキする方法は合理的だ。

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 だが、そもそもこのような既存の基板をリプレースするような研究開発は、スタートアップだけが狙ったものではない。世界中の大企業がこれまで挑戦してきたハード開発におけるイノベーションだが、いままでこれらの方法が数々の大企業では生み出せなかったのはなぜなのか。

大企業の単純な横連携では、イノベーションを創出できない

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AgICのフレキシブル基板の実物

 「これこそがスタートアップだからできた部分。我が社が行っているのは、まったく新しい製造方法。結果的に現在プリント基板の分野で競合はいない。大手が持っている技術の転用では、こちら側へ参入することはできない。というのも、いままでのプリント基板の製造技術と私たちの印刷ベースの技術では、まったくそのプロセスが変わっているため、既存企業が技術をがらっと変えることは難しい」(清水氏)

 清水氏によれば、十数年以上前から、アメリカでも日本でも国家主導で、回路を基板に積み上げて作るプリント基板の開発に取り組んだことがあるが、どれもうまくいかなかったそうだ。既存の業界横断で必要なメーカーを集めただけでは開発できない。このようなイノベーションを生むためには、印刷媒体の紙やフィルムメーカー、インクなどのケミカルメーカー、メッキのメーカー、印刷機などのハードメーカーなどなど、クロスボーダー的にいろんな企業を集めて開発しなければならないが、大手企業の連合ではスピード感もなく、なかなか前に進まない。

 実はこのような各々の分野をインテグレーションして新たな技術を生み出すことこそ、スタートアップにうってつけなのだ。従来の技術にこだわる大企業では、各社それぞれの思惑を持っているため、すべてを捨ててまで新たな分野を創出できない。またそういう大企業だからこそ、逆にAgICの技術が必要になってくるという。

 「新サービスはメーカーからの評判が非常に良い。とくにアンテナ・メーカー。いま携帯端末やICカードに入っているアンテナはほとんどすべてがフィルム型だが、このアンテナの開発には莫大なコストがかかっている。というのもアンテナ作りはシミュレーションが非常に重要で、図面通りに作れば最初から100%がわかるわけではなく、実際に作って、その特性を計測しなければ最終性能がわからない。だから少しずつ形状を変えては製作し、特性を計測する必要がある。

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画像提供:AgIC

 サイクルとしては、いままでは製作に約2週間、コストも10万円単位でかかっていた。それがAgICでは、3日以内に2~3万円で製作できる。じつは設計データがあれば最短1日でできてしまうが、厳しい検品で出荷できないこともあるため、念のため時間をいただいている。今後製造プロセスが安定すれば、翌日にも出荷できる」(清水氏)

 大手は得てして研究・開発費が高い。それには人件費だけでなく、大手が基板の試作を外注して、その完成を2週間ほど待っていることがボトルネックになっている。その間、研究は次のステップに進めない。高給な研究者の手が止まってしまうため、コストがかさんでしまう要因となってしまうわけだ。

 「もちろんいまでも超高速で製作するメーカーもある。24時間対応の工場で作業しているが、1回あたり30万円ほどのコストがかかってしまう。大手メーカーからは、翌日に来るのであれば10万だろうが20万であろうが払うと言われている。人件費を考えるとそれだけの価値はある」(清水氏)

 現在プリント基板の製作は、ほとんどが中国だという。しかし実際の製品に使用されるプリント基板がAgICのものに置き換われば、時間がかかる海外で製作する必要はなくなる。製造コストも輸送コストも、そして時間までもが節約できるのであれば、製造業の競争力をより高めることができる。

まずは試作の分野でメーカーの開発コストを半分に

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画像提供:AgIC

 AgICの技術的アドバンテージは、地道に研究・開発を行ってきたこの3年間で作られたものだ。インクジェット印刷と銅メッキによる独自のフレキシブル基板として結実したが、これから数年間は、さらにフレキシブル基板の性能を上げることに注力するという。

 「ビジネスを考えると自動車や家電、デジタル機器で使用されているフレキシブル基板をAgICのものに置き換えることが最も重要なこと。フレキシブル基板だけでマーケットは3兆円とも言われている。ただフレキシブル基板はまだまだコストが高い。これを半分にしていきたい。現状では生産キャパシティーの問題もあるので、まずは試作の分野でメーカーの開発コストを半分にし、このマーケットを独占したい」(清水氏)

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 2~3年で試作分野を独占していくという計画は、圧倒的コスト競争力を考えるとあながち無理な話ではない。しかも大手の参入しにくい分野でもある。

 「このような製造技術の開発は、大手の場合、確定した顧客がいないとなかなか取りかかれないし、そもそも製造設備を作ることができない。我々の場合は少量を使っていただき、顧客からのフィードバックをもらう。そうして製造技術をチューンナップしていく」(清水氏)

 もちろん、「検査技術など量産化に向けて、必要な工程はまだいくつも残っている」と清水代表は言う。たとえば現状でのデメリットでは、最大瞬間耐熱が200℃のため低温ハンダを使わなければいけない点や、年単位での耐久性データなどは時間的な制約で取れていない。しかしそれらクリアしていくべき課題が明らかなため、地道に解決していくのみとなっている。そして、そのひとつひとつがAgICのアドバンテージにもなるというわけだ。

 「当面の課題はまず耐久性を伸ばすこと。最終的には試作でなく製品で使っていただきたい。もう一つは両面に回路を作れるようになること。現在の基板は、片面だけの展開となっているのが最大の弱点。最新のものは3層、4層、6層というものもあるので、これにも対応していきたい。そのように機能を既存の最先端のものに合わせていき、ゆくゆくはそれを超えたものを作っていく予定」(清水氏)

 製造技術に限らず、あらゆる技術は時間が経てばコモディティー化する。このような点についても清水代表としては「それは仕方ないこと。だからこそ日々の技術開発で一歩でも遠くへ行き、後続を突き放すことが必要」だという姿勢を見せている。

 「現状、大量生産の仕組みそのものがかなり追われつつある。家電メーカーも、一つの製品を作ってそれをずっと売り続けるモデルではなく、少量多品種で試しに発売してみるといった流れも出てきた。この流れは今後ますます強くなる。これは我々にとって大きな追い風となるはず。製品を作るには、開発の試作サイクルも大事。また、量産時の設計変更の容易さも重要になってくるが、これらが我々のアドバンテージとなる」

 AgICは着実な成長を続けている。いずれ急拡大するタイミングは来るだろうが、創業当初からそのときにできる技術=製品を着実にリリースし顧客に使ってもらうと同時に、地道に研究・開発を進め、また新たな製品を発表。その製品を販売しながら再び顧客のニーズを製品にフィードバックして、ブラッシュアップしている。

 地道な研究の先に見据える未来は、すべての基板をAgICのものに置き換えるという壮大なもの。しかし、彼らの歩んできたやり方を振り返ると、それも決して夢ではないだろう。

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    最終更新: 2017年04月21日(金)07時00分

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