夢は福井をチアの街に!「チア☆ダン」のJETS顧問・五十嵐裕子教諭ロングインタビュー

アスキー 2018年01月12日(金)11時30分配信

 昨年、女子高生がチアダンスで全米制覇するまでの実話を描いた広瀬すず主演の映画「チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」が話題となった。

 その物語が今年の夏、土屋太鳳主演でTBS系の連続ドラマとして放映されることが決定した。「チア☆ダン」は、福井県立福井商業高等学校チアリーダー部JETSの顧問・五十嵐裕子教諭が「夢はかなう」を体現した、まるで映画のようなホントの話がベースになっており、全米制覇したあともJETSは、全米5連覇7回優勝を果たしている。今回、五十嵐教諭にインタビューする機会を得られたので、いろいろと話を聞いた。

チア☆ダン
「チア☆ダン」はTBSテレビで今夏ドラマ化される。主演は土屋太鳳さん

 映画「チア☆ダン」を観たりノンフィクションの書籍「チア☆ダン『女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』の真実」(円山夢久著、KADOKAWA刊)を読んだ方ならわかると思うが、五十嵐先生はとても厳しい「鬼教師」として、規律を重んじ、夢をかなえるために生徒たちを引っ張っていく熱血教師。JETSを起ち上げてわずか3年で夢をかなえてしまったその行動力には「何事も頑張れば必ず夢はかなう」という元気をもらえるはずだ。

テレビ番組の企画に合わせてインタビュー

チア☆ダン
JETSの4期生の久保美佳さん(左)と五十嵐裕子教諭(右)

 実は今回のインタビューは、1月8日に放送されたTBSのバラエティー「さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP」の中で、五十嵐先生に内緒でOGも含めたJETSのメンバーがみんなでダンスを披露する際に合わせて企画されたもの。

 JETSの4期生であるモデル・久保美佳さんも五十嵐先生に会いに来て福井を散策。久保さんは、姉は2代目JETSの部長を務め、久保さん自身も4代目JETSの部長を務めたが、残念ながらどちらも全米優勝はできなかった。久保さんに先生との思い出を聞いてみると、

久保 部長をしてましたが、今思えば苦手だったのかなって(笑)。先生は、わかってくれていたというか、もっと踊りで引っ張っていけって言われていたので、その意味が今になってわかりました。

チア☆ダン
久保美佳さんは、元JETSのメンバーで現在はモデルとして活動している

五十嵐 ものすごく負けず嫌いで、2年生の時からセンター張って、私はやるんだという心意気は誰よりも強かったですね。久保さんは職人なんですよ。職人肌と人をまとめることは別で、踊りが上手だから人をまとめられるかというとちょっと。メンバーに対して「何でできないの!」という勢いだったですもんね。

 卒業後はUSJでダンサーとして活躍していたが、その後モデルへ転身。次の夢を追い続けている。ただ、離れてみると先生の言葉が身にしみているという。1年に1回は母校へ顔を出し、元気をもらっているそうだ。

20代のころは空回りしていた

 夢をかなえ、大成功を収めている五十嵐先生だが、過去には空回りばかりで、かなり苦労された経験も持って。福井商業へ赴任する前はまったくうまくいかなかったそうだ。

五十嵐 金八先生やスクールウォーズのように、テレビの中の先生というのは生徒に絶大な指導力や影響力がありますが、実際には、そういう先生方はなかなかいらっしゃらない。でも、自分がそうなったら、いいなとは思っていましたが、20代は失敗ばかりでした。
 人間の可能性というのは計り知れないと思うんです。例えばとんでもない落ちこぼれが良くなっていく話とか、弱かった子が元気になる話だとか、とても憧れました。せっかく教師になったのであれば、私も、そういう生徒たちに火をつける人間になりたいというのはありましたね。ただ、私には実力もなければ、魅力もないわけで、そんな先生の言うことを何故聞かなければならないのかとなりますよね。空回りばかりでした。

11年務めた高校から異動届けを出し福井商業へ赴任

チア☆ダン
五十嵐裕子JETS顧問教諭。2004年に福井県立福井商業高等学校へ赴任し、2006年にチアリーダー部JETSを結成。2009年に全米チアダンス選手権大会でJETSを優勝に導いた

五十嵐 私がこのままこの高校にいても、この学校にとっても生徒たちにとっても何ひとついいことはないと思って、異動しようと腹をくくって届けを出したんです。次こそ何か、私じゃないとできないことはないかと、考えていたところ、テレビでチアダンスを目にしたんです。それが厚木高校ダンスドリル部のIMPISH。全米で優勝したというのをテレビで見て、衝撃を受けました。
 と同時に「次はこれをやる」と決めたんですね。チアダンスの経験もないし予備知識もないのに。ただひとつ思ったのは、高校生がこれだけ輝けるものは何だと。次に出会う生徒たちも、こんなに輝く生徒たちに育ててみたいと思いました。競技とかは二の次、三の次で、輝く生徒を育てたいというふうに思ったのが大きいですね。
 なぜ、チアダンスにそんなに魅力を感じたのかというと、どの子でもできそうだということがひとつと、いろんなジャンルのダンスが入っていること。ジャズとヒップホップ、ポン、ラインダンスの4つが1つの作品の中に入っていることが、見ていてもワクワクします。エンターテインメント性の強い競技だということに引かれたんですね。

 福井商業は、野球の強豪校で数多く甲子園に出場。その応援をするためにバトン部が存在していたが、五十嵐先生はそれに目をつけていた。

五十嵐 実は、別の部活の副顧問として配属される予定だったんです。でも、それを断り、バトン部をやらせてほしいとお願いしました。目論見がありますから(笑)。福井商業へ配属になった時点で「ヨシっ」と思っていました。なので、バトン部をやらせてほしいといって赴任したわけではなく、たまたまだったんです。

 ここから、バトン部よりチアダンス部への変革がスタート。最初の2年は、当時テレビ番組の主催する「ゴリエ杯」などに出場するなどして地固めしつつ、3年目で初代JETSが誕生する。

五十嵐 3年で結果を出すチーム名としてふさわしいものはないのかって考えたときに、「ジェット噴射」するような意味で急激にうまくなり、チームワークよく、勢いよく成長するという意味で「JETS」と名付けました。とにかく、米国へ行くためには、規律のあるチームづくりをしないと練習が整わないですからね。一流の先生にご指導いただこうと思っていましたから、部活をサボったり、私との約束を守れない生徒なんて問題外です。とにかくそういうチームとしての体制を整えるということを徹底してやりましたね。

考え方を変えてプロデュースに専心

 そしてここから、五十嵐先生はプロデューサー力を発揮し、厚木高校の伊藤早苗先生や前田千代コーチに出会いつつ積極的に声をかけて来てもらうことになる。

五十嵐 運なんですね。インストラクター養成コースというのがあったので、東京まで行って習ったんですが、これは素人には無理だなということがわかりました。ただ、やっていて楽しいということもわかったし、こんなに楽しいことは絶対生徒にやらせたいと思ったわけです。そこでプロデューサー的な考えに切り替えて、誰に教えてもらい、どんなチームづくりをすれば米国へ行けるのかということを考えて、計画を立てていったんです。
 もし20代のころだったら、エネルギーと気力だけはありましたから全部自分でやって失敗していたと思います。私の全米までの夢ノートというのがあって、やらなければならないこと、やりたいこと全部書き出して、自分でプランニングしました。生徒は大変だったと思いますよ。この人、次に何を言い出すんだろうって。結構ドキドキしていたと思います。無茶振りばかりですからね。

自分の未熟さからメンバーが9人に半減

 生徒たちも五十嵐先生に感化されたのか、自立心が芽生えてきたという。

五十嵐 「先生、朝練をしないんですか?」とか言い出しました。うちの学校は、運動部の強豪が多くて、朝練が当たり前、土日の練習も当たり前、遠征当たり前。そういう生徒たちがクラスメイトにいるんですよ。そうすると、私たちは合宿しないんですか、とかいい出すわけです。
 こうなるとシメたもんでしょ?普通の感覚だと、毎日頑張って米国のステージに立てるようになるって思わないわけですよ。まったくやったことがないところから「3年で私はフロリダのステージで踊っている」って、冷静に考えると無理なんですね。でも、私と同じくらい無謀な子たちがいたんですよ。

 そんな初代JETSも18人いたメンバーが9人に半減してしまう。

五十嵐 辛かったですね。映画のシーンでもありましたが、クルマの中で泣くようなこともありましたね。自分が情けなくて。自分に対する怒りなんですけど、そのうち具合が悪くなるんですよ。うつっぽくなってしまって。これではいけないと思い、悪いのは生徒たちだって思うようにしました。私が言っていることは正しいんだ、それを聞かないのは生徒たちが悪いというふうにわざと切り替えて、「辞めたいなら辞めなさい」という感じでずーっと行くわけです。
 でも本当は、私にカリスマ性があって魅力的な教員だったら、あの18人は全員米国へ行っていたはずなんです。それが自分の未熟さから、生徒たちが3年間頑張りたいと思っていたことが続けられないということに対しての責任をとても感じていました。

全米制覇のあとモチベーションがガタ落ち

 さまざまな人の助けもあり、3年目にして全米制覇を果たし、夢をかなえてしまったJETSのメンバーと五十嵐先生は、さすがにモチベーションが下がってしまったようだ。

五十嵐 優勝後、モチベーションは下がりましたね。初代の子たちは米国を目指すと言って夢かなって卒業し、次の夢を目指しました。残された2年生たちは3年生になってやる気ガタ落ちですよ。なぜかと言うと、初代というのは米国を目指し、スッタモンダして丹念に環境を耕していたんですよ。
 ところが次に入ってきた子たちは野球の応援をするんだと思っていたら、5月のゴールデンウィークには難しいことをやらされているんです。センパイも怖いし、わき目も振らずよくわからないまま、気がついたら米国で優勝していたと言う子たちなんですね。この後どうやっていいかわからないっていう、あの子たちは苦労したと思いますね。

 冒頭で登場した久保さんのお姉さんが部長だった2代目は、米国すら行けないという結果に。これに対して3代目はそれを見て優勝するぞという意識があったため全国大会で初めて優勝を果たした。その後、全米5連覇を含む7回優勝し全国に周知されるまでになったが、チアダンスはまだまだマイナーな競技だと語る。

五十嵐 JETSを目指して入学してくる子は半分ぐらいで、あとは福井商業に入ってからカッコイイからやってみようという生徒たちです。さすがに最近は、甲子園で応援したいだけというより、自分たちが輝きたいという気持ちを持った生徒へシフトチェンジしていますが。いまでも辞めていく生徒はたくさんいます。向き不向きもありますからね。
 ほとんどの生徒は初心者でも、毎日一生懸命目標に向かってきちっと正しい努力をすれば踊れると思います。正しい努力というのが大事なんです。それは「自分もできるようになるんだ」と思ってやることです。初代の子たちが米国へ行けたのも、途中で気持ちが切り替わったからです。自分たちの口から米国・フロリダへ行くっていい出して、自分で練習しだしましたから。私が言うのではなくて、先生もっとこうしたいですとか、なりたいですとか。これは完全に火がついた状態ですね。

今夏TBS系列でドラマ化が決定!!

チア☆ダン
7月期の金曜ドラマ枠(毎週金曜22時~22時54分)で、映画「チア☆ダン」の世界観を引き継ぎ「ありえない夢を追いかける」精神はそのままに、新たなオリジナルストーリーとして展開。主演は土屋太鳳さんに決定

 映画化され単行本も出版された、この「ホントの」物語は、この夏連続ドラマ化されることになった。映画撮影中に五十嵐先生は、プロデューサー陣にそんな話をしていたという。夢はまた実現したかたちだ。ここで、ドラマのプロデューサーである韓哲(ハン・チョル)氏に話を聞いた。

チア☆ダン
ドラマ化にあたりプロデューサーの韓氏が、どんなドラマを目指すのか語った

韓 私自身は映画を見て初めてチアダンスの魅力を知りました。JETSの存在も情報としては聞いたことがありましたが、ホントにあった話だということを知ったうえでとても感動しましたし、どんな世界でも通じる「大切なこと」が詰まっていると感じました。
 ドラマ化させていただきたいと五十嵐先生にご相談をしにうかがったときは緊張でドキドキしました。ドラマ化にあたって実話をベースにした映画とは違うオリジナルストーリーを考えていたのですが一蹴されてしまうのではないかと……。ですが先生からいいですよって言われてほっとしました(笑)。とてもうれしかったですね。
 正直現段階ではまだ詳しくお話できないのですが、JETSというリアルなチームの3年間の優勝までの軌跡を描いた映画が、ものすごく僕の中では完成された物語だと思っているので、ドラマでは映画とは違うアプローチをしてみたいと思っています。先生のノンフィクションの本を読むと、映画ではあまり描かれていない先生の心情がわかるんですね。映画は生徒の目線で描かれているのですが、本を読むと先生目線だとこうだったんだって。ドラマでは、先生目線での物語も描いていくことで、新たな面白さがきっと出てくると思ったので、この本をとても参考にしています。

チア☆ダン
五十嵐先生の視点で綴ったノンフィクション「チア☆ダン『女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』の真実」(画像はデザイン中のもの)

夢は福井をチアの街に!

 五十嵐先生は「これでもオブラートに包んでいる部分も多いんですが」と笑っていたが、それこそ五十嵐先生が憧れていた学園もののドラマのように、このドラマに登場する先生がいま学生の人も先生の人からも憧れの存在になるかもしれない。最後に、今後の夢を聞かせてもらった。

五十嵐 夢というのは大事で、生徒たちも目の前に山があると登ると思います。今年の世代は残念ながらフロリダの大会に行けなくなって生徒たちはみんな意気消沈しています(チアダンスとしてジャズダンス、ヒップホップ、ポン、ラインダンスというミックスされていたジャンルは排除されつつあり大会へ推薦されなかったため)。
 とはいえ、どうしても大会で勝つというよりは、若い間に、いろんなジャンルにチャレンジする競技というものに魅力を感じているので、このチアダンスというものにこだわりたいなと思っていて、いま別の大会があるラスベガスへ行くことを目指すということがひとつの夢。それからショーの本場であるニューヨークでチアダンスすることもひとつの夢です。それから、福井でチアダンスのショーをやって、来られた方がみんな元気になってくださり、それをベースにしつつ福井の街がチアの街になるという構想があります。

 夢を臆さず言う。すると、自然と夢はかなうものだと言う。

五十嵐 天海祐希さんが映画で私の役を演じてくださいましたが、実はあこがれの女優さんで、私の夢ノートには天海さんのような人になると書いてあったんですよ(笑)。そうやって書いたり、言うということが、とても大事なことなんだということを生徒たちに伝えて、生徒たちもそれぞれの道でリーダーになり、JETSみたいに志の高いチームを作っていくということも夢ですね。

 天海さんになるのではなく、天海さんが五十嵐先生になってしまったが、常に夢を追いかけるということはとても重要な事だと、五十嵐先生の体験を見聞きして痛感した。

 ノンフィクション「チア☆ダン『女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』の真実』」、2017年のオリコン<4800>「新書ノベルス」部門年間第5位を獲得した「小説 チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」(角川つばさ文庫)や、映画「チア☆ダン『女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』」のBlu-ray/DVDが発売中なので、ドラマの前に一度読んだり観たりしてみてはいかがだろう。

チア☆ダン
角川つばさ文庫の映画ノベライズ「小説 チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」も好評発売中だ
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    最終更新: 2018年01月12日(金)11時30分

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