ケイ・オプティコムの「mineo フリータンク」--ユーザー同士がパケットを共有する“助け合い”サービス

CNET Japan 2016年10月25日(火)11時00分配信

 スマートフォンを中心に、オムニチャネルやIoTなどの次世代テクノロジを通じて生み出されるデジタルマーケティング戦略。そこにはアイデアやクリエイティビティが不可欠だが、それだけでは「これまでになかった体験」を提供することはできない。ユーザーに新たなエクスペリエンスを届けるために、欠かせない普遍性や本質とは何か。

 この連載では、デジタルを活用したコミュニケーション施策を発信する「コードアワード」に寄せられた作品から、デジタルマーケティングの「未来」を拓く“ヒント”をお届けする。

 今回、取り上げるのは「コードアワード2016」において、「グッド・イノベーション」を受賞したケイ・オプティコムによる「mineo フリータンク」。格安で携帯電話サービスを提供するMVNO事業への参画企業が増加し、他社との差別化を図ることが難しくなる中、ユーザー同士がパケットを共有し合い、“助け合い”を思わせるサービスの提供によって独自のポジションを築いた。

 他にはない革新的発想は、どこから生まれたのか。そして1つのイノベーションを築いたのち、次は何を目指すのか、モバイル事業戦略グループでグループマネージャーを務める上田晃穂氏に聞いた。(聞き手はカケザン クリエイティブプランナーの新野文健氏)

安さだけではない、ユーザーと“共創”する新たな価値の提供

——「グッド・イノベーション」を受賞されたmineo フリータンク。まさに革新的なサービスが評価されたわけですが、まずはサービスの概要を教えてください。

 弊社では大手の携帯電話キャリアから通信設備を借り、ユーザーに格安で提供するMVNOサービス「mineo(マイネオ)」という携帯電話事業を行っています。現在、同様のサービスを展開するMVNOが200社ほどありますが、そのうち、弊社を含めた一部のMVNOや大手キャリアでは、パケットを有効活用する方法として、ユーザーが契約した月ごとのパケット上限のうち、使い切れずに余った分は翌月までなら繰り越せたり、家族間や友人間で分け合えたりできるサービスを提供しています。

 しかし、それでも翌々月まで余ってしまった場合には、そのパケットは消滅してしまいます。そこでmineoは独自サービスとして、「マイネ王」というコミュニティサイトの会員限定で使える“フリータンク”と名の付いた貯金箱のようなものに余ったパケットを預け、足りないときには毎月1Gバイトまでなら引き出せるようにしました。これがmineo フリータンクです。


——誰もが預けられて引き出せる。会員共有の口座があるようなイメージですね。非常にユニークなサービスですが、どのようにアイデアが生まれたのでしょうか。

 私たちは2014年6月にMVNO事業に参入しましたが、業界では、すでに価格競争の真っ直中。あらゆる同業他社が価格重視のメッセージを打ち出す中、ユーザーに向けて安さだけではない、何か新しい価値を提供できないかと考えたのがきっかけです。

 コミュニティサイトのマイネ王は、mineo フリータンクを開始する前から運営していたサービスで、コミュニティサイトの中で利用者の皆さんとコミュニケーションをし、ディスカッションしていく中で、そこから何か新しいコトが生まれるのではないかと考え、立ち上げました。

 しかし、当時のコミュニティサイトの会員数はmineoユーザーの約5%、人数にして約5000人という状況でした。何とか会員数を増やさなければという思いはもちろん、増えた暁にはユーザー同士のコミュニケーションをさらに活発化させ、マイネ王の本来の目的である、ユーザーの声から新しいコトを生み出す、その土壌をつくりたいという思いがありました。

 ユーザーの声から新たな価値をつくる、それはすなわち“共創”です。ユーザーの皆さんと一緒になって何かを形にできれば、つくり上げる楽しさやワクワク感、つまり安さだけではない価値を感じていただけるのではないかと。mineo フリータンクは、新たな価値の提供と“共創”の土壌となるべきコミュティの活性化、この2つを実現させるべく生まれたアイデアだと考えています。

イノベーションの礎となった、徹底的顧客目線とチャレンジ精神

——コミュニティを活性化させるには短期的なキャンペーンを設け、一時的に“お祭り”のような状況をつくり出すのが一般的な手法ですが、あとにも続くビジネスサービスの一環のような施策を生み出すには、どのようなチーム編成で臨まれたのでしょう。

 プロジェクトの発足当時は戦略と構想を考える者が2人、実際のサービス設計者が2人、さらに電通<4324>さんの5人という編成で、メンバー内にはマイネ王の運営担当もいます。と言うのも、これは弊社全体の社風でもあるのですが、新たなサービスを起こすにも、何よりお客さま起点で考えようと。するとサイトを運営し、そこに届く声に向き合ったり、会員数の伸び悩みに案を巡らしたりと、日々、ユーザーの動向に直面する者の意見やアイデアが欠かせません。

 実際に形となったmineo フリータンクも、徹底的なお客さま起点。「余ったパケットを預け、足りない人は引き出す」という仕組みなので、正直、我々には1円の儲けもないんです。事実、月のパケット上限を超えたときの追加チャージとして、100Mバイトを150円で販売していますが、mineo フリータンクに参加していれば、ある意味、無料で1Gバイトもらうことができます。そのため、追加チャージの売上げは確実に落ちているんです(苦笑)。 しかし、これはおそらく、事業者目線では、絶対に生まれてこないアイデアです。

 また、こうしたお客さま起点のアイデアを形にできたのは、もう1つ、弊社に息づくチャレンジ精神という社風があってこそ。あまりに考えすぎてタイミングが遅れるくらいなら、まずはやってみよう。うまく行かなければ、そのとき修正すればいいじゃないかという社風が、サービス実現の追い風となりました。

ローンチ後、ユーザーの声から浮き彫りになった成功の理由

——そのチャレンジ精神がなければ、イノベーションは生まれない。「コードアワード2016」で評価された大きな要因もそこにあると思いますが、明確なゴール地点やKPIなどは、どのように設定されたのでしょうか。

 マイネ王の会員者数を増やすという明確な意図があったので、その時点でユーザーの5%だった会員数を10%に増やすという点を、KPIに設定しました。また、実際に会員数が増えたあとには、マイネ王に投稿されるコメント数や新しいアイデアの数なども、数字として追いかけようと。

——そうした目標設定から、実際にフタを開けてみると。

 いろいろと議論を重ねる中で、そもそもパケットを預けるユーザーが存在するのかという疑問も上がりましたし、そうしたときには礎となるパケットを弊社から提供するという話まで持ち上がりました。しかし、実際にスタートしたところ、こうした心配が完全に吹き飛ぶほどの滑り出しだったんです。

 と言うのも、加入者に抽選でプレゼントが当たるという開始キャンペーンを実施し、「皆さんが預けてくれたパケットの合計が500Gバイトを超えたら、プレゼント数を2倍に!」というプラス要素を設けところ、たった1日で500Gバイトを超えてしまったんです。まさに予想以上の反響です。

 この結果を受け、コードアワード2016の贈賞式で審査員の方もおっしゃっていたように、海外では通用しなかった、日本だからこそ成功したサービスだと感じました。開始当初も今現在も、弊社でしか実施していない真新しいサービスですが、「もったいない」や「困ったときはお互い様」というフレーズに象徴されるように、アイデアそのものは、そもそも日本人の気質に非常に合っていたんだと思います。

——私も先日、受賞施策を海外に紹介する機会があり、mineo フリータンクの説明もさせていただきましたが、やはり海外の方は、とても驚いていましたね、「本当に預ける人がいるの?」と(笑)。

 提供者である私たちも心配しながらのローンチでしたから、無理もありません(笑)。さらに「日本人の気質に合ったサービス」というのも、実際に利用くださるユーザーの声から見えてきた側面が大きいんです。

 mineo フリータンクではパケットを預ける際、一般に公開される形で任意にコメントが残せますが、「余ったので預けます」だけでなく、「先月、助けられたので、今月は多めに預けます」ですとか、「いつかお世話になると思うので、まずはおすそ分けです」という声もあります。こうしたコメントを見ていると、やはり日本だからこそというのを痛感しますね。

「だから私はmineo」を選ぶ。新サービスが事業の代名詞に

——予想以上の数字と反響があった一方で、ビジネスインパクトを心配する声はなかったのでしょうか。

 先ほども申し上げました通り、100Mバイト150円で販売している追加チャージを購入するユーザーの方は、ほとんどいなくなりました。しかし、新たに加入されたユーザーの声に耳を傾けてみると、「余ったパケットを有効活用できるのはここしかない」と、mineo フリータンクがmineoの代名詞のようになっています。また、これも日本人特有と言いますか、ちょっと不思議な現象ではあるのですが、「皆さんにお裾分けをするために、パケット上限が高めのプランに変更しました」という声まであるんです。

 たしかに目先の売上げが落ちた側面はありますが、mineo フリータンクによってユーザー同士が助け合いの感覚を味わい、「だから私はmineoを選ぶ」と言ってくださる。喜ばしいのはもちろん、チャレンジして良かったと思うばかりです。

——ユーザー目線を第一に考え、それが見事にビジネスにも反映されている素晴らしい事例ですよね。その大きな要因である“助け合い”を刺激するこの仕組みは、どのような技術で成り立っているのですか。

 mineo フリータンクを実施する以前から提供している、「パケットギフト」というサービスの技術を応用しています。たとえば、特定のAさんから特定のBさんに向けて「パケットを差し上げます」と、プレゼントできる仕組みです。

 技術的にはこの仕組みをうまく活用し、膨大なパケット量をやり取りする“フリータンク”という名前の仮想ユーザーを立てているイメージです。「フリータンクさんに1Gバイト差し上げます」ですとか、「フリータンクさんから1Gバイトいただきます」といった形です。

サービスの内容も技術も、多様性のかけ算から生まれた

——先ほどお話いただいたコミュニティサイトのマイネ王を含め、これまでにあった仕組みを活用した技術だったんですね。このように、ある程度の土台を活用して新たなサービスを生み出すことができた秘訣は、何だったのでしょう。

 やはり、ユーザーとの“共創”が大きなポイントになったと考えます。無論、企画立案や技術に特化した人の意見は欠かせませんが、特定のメンバーだけで閉じこもってはアイデアが乏しくなり、凝り固まってしまいます。

 そこで広くユーザーの声にも耳を傾けることで、意見に多様性が生まれます。「こんなサービスがあったら面白いんじゃないの?」という、いろいろな人の意見が組み合わさり、かけ算のようになって新たなアイデアが生まれる。イノベーションにも、こうしたダイバーシティ的な視点やプロセスが重要なのではないかと思います。

 そのため、マイネ王にはフリーテーマで書き込める「掲示板」や、MVNOにまつわる疑問をユーザーみんなで解決する「Q&A」、さらに「こんなサービスがあったらいいね」という意見を書き込むことができ、それに対して他のユーザーと議論もできる「アイデアラボ」など、さまざまな掲示板を設けているんです。

 ただウェブでのやり取りのみでは感情の細部までくみ取りにくい部分があるので、並行してリアルなオフ会などにもご参加いただき、じっくりお話もする。すぐに情報共有ができるインターネットの利点とアイデアの根本まで探れるリアルの利点、その両面から意見を伺っています。

——多くの方法で、多くの人から意見を募るダイバーシティの取り組みの中で、我々のような広告業界の人間も、何か役目が果たせたでしょうか。

 mineo フリータンクを実現させる技術が、既存の2つのサービスを土台に成り立っているように、何かと何かを組み合わせた発展系が、実はイノベーションの根源なのではないでしょうか。今回の施策では電通<4324>さんにご協力をいただきましたが、広告のプロの方たちは、さまざまな業界や業種のことをご存知です。

 そうした点で、私たちだけでは知り得なかった情報や事例を多くご紹介いただき、そこからアイデアを練っていけたことが、今回のサービス実現における活用や応用にも生きていると感じています。

徹底的顧客目線を続けることで、通信から情緒的価値を生み出す

——では、このイノベーションと言うべきサービスを経て、今後へのさらなるチャレンジについて聞かせてください。

 1つ、今後への大きな指針となったのが、4月14日に発生した熊本地震です。

 本来、パケットが引き出せるのは毎月21日以降と決まっているのですが、災害が起きると安否確認をしたり、インターネットでラジオニュースを聞いたりと、パケットを使用する機会が増えます。そこで貯まっているパケットの引き出し解放を、震災翌日の4月15日に前倒ししたところ、コミュニティサイトに集う皆さんからも、「地震で困っている方のために使っていただけるなら、どんどんフリータンクに入れるので使ってください」というお答えが返ってきたんです。

——mineo フリータンクというモノ自体が、企業から提供されているサービスという概念を離れ、ユーザーみんなの共有財産という認識になっているんですね。

 多くのユーザーの皆さんが“フリータンク”にパケットを預けてくださるおかげで、現在、20Tバイトほどがタンクに貯まっています。預けられる量よりも引き出される量のほうが少ないので、タンクにプールされている状態なんです。

 熊本地震の一件に象徴されるように、ユーザーの皆さんに納得してもらえれば、社会に貢献することもできます。募金という表現では語弊があるかもしれませんが、たとえば「こんなことを実現したいので、賛同くださる方はパケットを預けてくれませんか」と募り、ある程度のパケットが貯まったら実際の行動に移すということもできるのではないかと考えています。

 具体的にどんなサービスと言える段階にはありませんが、mineoを使ったパケットのやり取りから、「うれしい、楽しい」ことがたくさんあって、mineoのことを大好きになっていただいたり、「世のため、人のために貢献できた」と感じたりできるような、情緒的価値、社会的価値を何らかの形で見える化して表現できないかと思っています。

——デジタルの分野ならではの目で見ることのできない、非常に概念的なモノですよね。目に見えないパケットを人の血の通った温かいモノのようにやり取りしているというのは、本当にユニークなブランド価値を築かれていると感じます。

 おっしゃる通り、通信設備があって電波があってと、私たちが行っている通信事業はどこか無機質に思える分野ですが、そこでやり取りされているのは生身の人間の声や、感情のこもった言葉です。ですから、その心のやり取りを感じてもらえるようなサービスを提供していきたいと、いつも考えています。

 しかし今回、評価いただいたサービスがそうであったように、真のお客さま起点でなければ実現できないことです。ユーザーの皆さんが毎日くださる意見を欠かさず読み、欠かさずお返しするのは容易なことではなく、それが途絶えた瞬間に信用を失うことにもなりかねません。

 ただ、覚悟を決めてやり続ければ、次第にノウハウとなって新しいサービスに繋がります。そうしてmineo フリータンクが生まれたように、今後もユーザーと真摯に向き合い続けるという覚悟を失わず、「だから私はmineoを選ぶ」と言っていただけるような、イケてる面白いサービスを生み出していきたいと思います。

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    最終更新: 2016年10月25日(火)11時00分

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