三越伊勢丹HDが実践するIT×マーケティング戦略--顧客の期待を超えて価値創造

CNET Japan 2016年12月18日(日)15時13分配信

 百貨店は長い歴史で築かれたブランド力や顧客との関係に加え、メーカーや職人、デザイナーとのネットワークといったアナログ価値が存在し、こうした既存のブランドや接客能力、専門性、リアル店舗といったメリットをいかしつつ、IT活用によってデジタルの接点からこうした価値をさらに深める取り組みを積極化している。

 その中でもIT×マーケティングで、顧客の価値向上を経営事とし、さまざまな取り組みを実践しているのが三越伊勢丹ホールディングス<3099>だ。常務執行役員 情報戦略本部長の中村守孝氏にIT活用とマーケティングについての考え方などを聞いた。

――マーケティングをどのように捉えていますか。

中村氏:もちろん、様々な捉え方はありますが、マーケティングについてかねてから感じている課題は、デモグラフィックなデータ、誰が何を購入した、といった単純な購買データを調べること自体がマーケティングであるかのような向きがまだまだ多いことです。今はデータを眺めているだけでは何もできません。すべてにおいてターゲットと仮説、そしてデータ同士の縦横な掛け合わせが重要となります。

 百貨店では、お客様のインサイト<2172>に迫るという意味において、店頭での接点が重視されます。そこで、1つは接客の中で獲得した三越伊勢丹<3099>グループの「エムアイカード」情報が大きな役割を果たします。顧客情報と購入商品を紐付けて、新しいお買い場づくり、店作りに対しての仮説の立案、検証をやってきました。この点は、百貨店業界の中では多少の優位性があったと思います。今後は別としても、カード戦略はかたくななまでに自前でやってきましたし、顧客商品情報分析システムという、お客様が単品でいつ、どこで、何をどう買ったかのデータを取り、分析できる仕組みを早くから構築していたので、これはいまでも大きな武器として稼働しています。また最近は、将来コラボレーションの可能性がある他企業との情報連携も積極的に進めています。

 私が担当する情報戦略本部は2016年4月にできたばかりです。これまでカード戦略、営業政策、経営企画、人事等の領域を担当してきましたが、今回は私にとっても新たなチャレンジになります。この本部には大きくIT戦略とグループマーケティングの2ラインがあります。何よりも日々とにかく変化が激しい時代に対応するために、ITの活用を前提として、もう一度改めて、「マーケティングとは何なのか」を問い直し、それを企業の風土の隅々まで行き渡らせることが自分のミッションだと思っています。

 マーケティングを実践するためには、常にお客様のインサイト<2172>について自分たちが仮説を持たなければなりません。インサイト<2172>の発見は様々な意味で最重要です。お客様の心に刺さるポイントは何なのか、世の中がどう動いているのか、三越伊勢丹<3099>のブランド価値は何なのかということを常に考えつつ、まずは自分たちで、ある程度右脳的に仮説を立てていかなければならないと思います。

――マーケティングの目的は?

中村氏:企業としてのメッセージを打ち出して、ブランド価値をお伝えし、それに対してお客様が反応してくださって、さらにブランドが認知され、お客様の行動にプラスの影響を与えていくことがベースです。さらに掘り下げて言うなら、インサイト<2172>の仮説ができたら、それに対して店頭接客、EC、オウンド、ペイド、アーンドメディアなどいろいろなタッチポイントで、何をどういう手段で伝えるかに知恵を絞り、それが確実にお客様に伝わったことをインタラクティブなコミュニケーションの中で確認する。そして結果的にお客様の行動が変わることだと考えます。そして三越伊勢丹<3099>の存在価値を感じていただき、やはり三越伊勢丹<3099>ブランドは私のことを裏切らない、という循環を作ることがマーケティングの目的になるでしょう。離反顧客数をなるべく減らすことが大前提ですが、新規顧客数が離反顧客数を常に上回ることが重要なKPIになると思います。

 デジタルマーケティングの世界では、マスメディアの効果が薄くなってきているでしょう。今後の考え方としては、いかにわれわれが狙うターゲットをグループ化、セグメント化していき、顧客グループのそれぞれと適切なコミュニケーションをとる、それが購買につながったかどうかの定量的な分析を行う、新たな課題が見つかればそれを解決する具体策を実行する、ということをたゆまず繰り返していくことではないでしょうか。そのお客様の心理に迫りながら、店頭ではこう、WEBではこう、SNSではこう、イベント事ならこう、という具合にカスタマーエクスペリエンスを最適化していくことです。

――三越伊勢丹<3099>のブランド価値とは?

中村氏:百貨店のブランド価値が下がったという見方をする人もいると思います。その意味は「ビジネスモデルが疲弊している」というケースが多いです。だからこそ、およそ100年単位の長い時間にわたって存在させていただいて、世の中のお客様の生活に何らかのお役に立ってきたという歴史的な重みがあることを再認識するべきだと思っています。長く続いてきたことはやはり1つの大きな価値で、さまざまな時代の変化はあったとしても、その時どきのお客様に何らかの価値を提供してきたという、本来あるべき存在意義が薄れかかっているということです。

 では、三越、伊勢丹がいかなるブランド価値を持っているかというと、「伝統」や「信頼」といったことはあるにせよ、やはり百貨店が持つ、お客様のライフスタイルに寄り添うというDNAを活かして、これからも新たなライフスタイル価値を提供してくれると感じ続けていただけることだと思います。ブランド価値とは、そのブランドに対してお客様が何かを期待して下さるということですから、われわれはその期待にコミットし約束を果たさなければなりません。 伊勢丹で言えば「ファッション」といった言葉で端的に強みを表現できますが、会社、グループとしてはファッションだけではありません。お客様の生活に密着してきた、そういう業態として本質的に持っている強みを活かしながら新しい時代においてお客様にとって価値のあるコト、モノ、環境、利便性を創造するということです。

――百貨店に実際に足を運んでもらうには、どういう価値を提供するべきでしょう。

中村氏:百貨店はやはり、いまだに「百貨」なんです。絞り込まれたと言われていても、「Everything for Everyone」なのです。しかし、いまや小売業界の総売上高が130兆円あるうちの6兆円しかない業態です。ECが14兆、コンビニエンスストアが10兆になっている中で、です。つまり、言い方を代えると実は極めてニッチな存在なのです。そういうポジショニングにおいて何をするべきか。どう変わるべきか。われわれ自体が非常にセグメントされた業態になったとすれば、どういうお客様にお越しいただきたいか、を改めて設定することだと思います。通常、自宅からの徒歩5分以内に百貨店はありません。実際に接客をさせていただき、お買い物をリアルで楽しんでいただくためには、わざわざご来店いただかなければならないのです。そのためにわれわれがすべきことは何かを徹底的に突き詰めなければならないと思います。

 そうすると、「Everything for Everyone」という考え方は総花的と言えるでしょう。どなたに対しても何でもご提供しますというのはもはや無理なのです。そのため、たとえば新宿、日本橋、銀座の基幹店は、ある程度ターゲットを絞り込んで、それぞれの店に明確な個性を持たせなければなりません。このお店はこういうお客様に来ていただきたいんですと。いままでのポジショニングの考え方とは違うのです。

 生活全般において豊かさを提供していけるような、ターゲット顧客の期待を超えるコンテンツ、サービスを提供していくことだと思います。ここ10数年の例でみれば、少々古い話とは言え、かつて伊勢丹メンズ館で取り組んだようなチャレンジを突き詰めなければダメだと思います。当時のメンズ市場自体が縮小傾向にある中で、旧男の新館の売上は女性の代理購買が7割、男性が3割でした。これではだめだと。自らおしゃれがわかる、ファッションに興味のある、自分でモノを選べるような感性とこだわりのある男性を、ターゲットに再設定したのです。そのため失ったお客様もいたと思いますが、こうした改革で実際にお客様の行動変化と企業としての収益を生み出すことが一番重要なのです。

 お客様のインサイト<2172>を見つめて施策を打っていくときには、実際に店頭で接するスタイリスト(販売員)をはじめとした従業員側にマーケティングマインドが必要です。お客様の心を読むというのはどういうことか、お客様の行動変化を促すにはどうすればよいか、どういうテストトライをすればよいか、そういった感覚の鋭敏化や、それを支えるデジタルツールを、風土化、具備化することが重要です。また新宿本店や最近オープンしたマレーシアの「ISETAN The Japan Store」のように、アート、カルチャー、デジタルなど、様々な切り口で常にお客様の心に響く情報、プロモーション、環境の提供を行うことがカスタマーエクスペリエンスを充実させる意味で今後さらに重要になっていくと思います。

――直近では、艦隊育成型シミュレーションゲームとして人気の「艦これ」と「三越」のコラボレーションが話題でした。三越オンラインストアではアイテム群を限定品として提供し、「日本橋三越本店」「名古屋栄三越」「イセタン クローゼット ルクア イーレ店(大阪)」「三越オンラインストア」の4店舗で限定品を販売し、行列もできました。

中村氏:特定のサプライヤー様との商売で品揃えをしているだけでは、もはや独自性は発揮できません。さまざまな「コト」の提案でも、「限定性、希少性」という商品の領域でも、百貨店の最大の課題は「同質化の回避」です。だとすると、これは社内だけのリソースではできません。世の中のさまざまなリソースとわれわれのリソース、相互のブランド力を掛け合わせることによって新たな価値を生む必要があります。それこそがイノベーション<3970>ということになるでしょう。ご質問にあるように「あの三越が!」というような意外性=独自性が重要になります。常に、われわれが変化している姿を見せていかなければならないということです。一方で、守らなければならない部分もあります。それをうまくミックスしていくのがマーケティングの面白さであり価値だと思います。

――そういう考え方を、従業員全体に浸透させるのは難しいのでは?

中村氏:ひとつは何と言ってもトップダウンです。やはり、経営トップである大西社長の発信です。トップが常に新しい挑戦を求めていることがとても大きいのです。「なんでそんなことを三越でやるんだ」、「そんなことをやるな。伊勢丹のブランド価値が下がるじゃないか」というような言い方は決してしません。日々貪欲に挑戦を求め、それを繰り返し社内外に発信するため、われわれの意識も変わってきます。それは、さまざまな案件が少しずつでもスピーディーに動くようになった事実にもあらわれています。加えて、デジタル推進に関わる全社横断的な組織化を行いました。役員レベルは敢えて入れず、各部門の中核的なメンバーを分科会のリーダーとしてアサインし、彼らの将来へ向けた育成の観点も含めて運営しています。このことでも、従来と比較して、デジタル化に関する目的意識の醸成や課題の共有化が進んでいます。

 私は「お客様と従業員への価値以外のことは関係ないのがデジタル戦略だ」と常々言っています。お客様と従業員がフロントエンドで価値を感じない限り、われわれは存在不要ということです。4月からは戦略、打ち手を思い切って絞り込んで、具体的なロードマップを再構築しています。

 たとえば、「ITとデジタルとは違うの?」と聞くと、みんな割合「同じではないですか」と答えます。でも「デジタルマーケティング」という言葉はありますが、「ITマーケティング」という言葉は聞いたことがありません。「じゃあ、違うんじゃないの?」と思うわけです。デジタルとは、「データ化」のことでしょう。もちろんITとマーケティングはそれぞれ重要ですが、着任前に聴いた、一橋大学の神岡太郎教授のお話から示唆を得て私が決めたのは、「フロントエンドで価値が生まれた状態を「デジタル化」と呼ぶ」ということです。「ITを導入したけれど何も変わらなかったね」ではなく「従業員の働き方がずいぶん変わったね」といった状態を「デジタル化された世界と呼ぼう」と提案したのです。ITはその道具です。このようにシンプルに語ってメンバーや従業員と意思疎通をしなければ、言葉と道具だけがあちこちで乱立して、まとまりがつかなくなります。

 あとは、ITや技術でありがちな専門用語のむやみな使用を抑えてもらうようにしています。私がすごく問題視しているのは、IT、IoT、AI、クラウド、ビッグデータ……と言葉ばかりが先走っているように感じることです。それはもちろんわかりますが、それぞれの意義についてにシンプルな答えが返ってくることはあまりないのです。技術に詳しい人にありがちです。私がわからないからではなくて、そういう言葉は専門家が詳しく知っていればいいわけで、「こういう課題解決のために」、「従業員の働き方がこのようによくなるために」、「お客様への提供価値を向上させるために」など、それらを実現するために「この技術を導入します」でいいのだと思います。これを強く意識しています。つまり、言葉や道具、技術が流行りものとして独り歩きしないように気をつけているわけです。そのうえで、「お客様と従業員が明らかにいままでとは違う価値を実感できるかどうかだけを判断基準にして仕事をして欲しい」と繰り返し言っています。

――とはいえ、道具としてのITは活用しますね。その際、ITを選定、採用する際の判断基準はどうしているのでしょう。

中村氏:百貨店の経営と営業を回していく基幹系と情報系のシステムは、かなり進んだツールがありました。今後も一部で大きなバージョンアップをする予定です。いまの世の中ではスクラッチなシステム開発をすることが減って、パッケージを導入する傾向にありますが、ITを選定する際には、まずオーバースペックにならないことを意識します。

 一見すると便利な機能がすべて入ったパッケージが非常に多い時代です。しかし、パッケージを導入したが、10の機能のうち結局は3つぐらいしか使わないといったケースが大いにあり得ます。われわれの業務の身の丈や実態に見合った、使いこなせる機能に絞り込んでやっていかないと、機能の無駄と高コストを生み出します。これを避けたいと思います。本当に必要としている機能は何なのかを開発や導入の上流工程でできるだけ掘り下げて聞くようにしています。

 もちろん全員が満足するツールというのはないので、目的に対して効きやすいだろうという期待機能を明確化して、それに合致するツールを選びます。システム投資は無尽蔵に資金をかけられません。ここには落とし穴があって、システム開発、実際の運用に際しては、全員が精通しているわけではありません。特に経営層が全員詳しいなんていうことはありません。そうすると、技術サイドは「現場がこういうことを言ったので私たちはこういうツールを持ってきました。これには数十億円かかります」といったことが非常に起きやすいのです。費用対効果を考えながら、機能やパートナーを選ぶことが重要です。ここは4月以降、本当に吟味するようにしました。導入しても使わないもの、役に立っていると実感できないもの、何も変化が起きなかったものは無駄なのです。

 もう1つは優先順位の高い案件に絞り込むことも重要です。いまはスピードを求められますが、それを重視し過ぎてやみくもにITを導入すると、あっという間に技術や機能が陳腐化する場合もあります。本当に役に立つものがないのならば、遅れてもかまわないぐらいのことを言っています。要は経営へのインパクトに繋げなければならないわけですから。

 さらに気をつけなければならないことがあります。IT戦略でもマーケティング戦略でも、「戦略」の部分はすべて自社が考えるべきです。ITツールでもマーケティングソリューションでも、導入する際の基本的なビジョンや戦略はみずからが知恵を絞らなければいけません。プロの知見は当然必要ですが、まずは自分たちでどういうことを実現したいのか、いまのこの不便をこう変えたい、この風土をこう変えたいといった思いと、それを阻害する根本課題の抽出を自分でできなければ結局は中途半端な結果になるのは明らかです。

 「デジタルトランスフォーメーション」という言葉があり、さまざまな業務全般をデジタルの世界でやっていくという流れになっています。しかし、繰り返しますが、根本課題を絞り込むことがとにかく大切です。ITでもデジタルでもマーケティングでも、私の仕事のやり方のベースはいかなる課題に対しても、「シンプルな言葉で示された根本課題のあぶりだし」がすべてのスタートです。

 そうすると、論理的なプロセスが必要となります。しかし、論理的に進めていくことだけに固執すると、実は新たな発想をつぶすケースが出てきます。できない理由探しに陥ることに注意しなければなりません。誰かが新しいことをやりたいと提案した際、ただ"新しい"というだけではローンチできません。そこで、新しいアイデアをローンチに導くための論理性や定量的な仮説が必要になってきます。つまり「思考やひらめき」と「論理や規律」のそれぞれの世界を掛け合わせた工程から、新たな価値が生み出される、すなわちイノベーション<3970>です。これが、「デザインシンキング」の考え方であるとも思っています。こうした過程を経ないと、組織として広がりがなくなり、点が面になりません。もちろん挑戦するのはいいのですが、「新しければいい」ではなく、その新しい挑戦は我々の戦略と整合性があるのか、実現可能性のない絵空事ではないのか、リソースのアサインは適切なのかなどを常に強く意識しなければなりません。

 マーケティングは「経営戦略そのものだ」という見方ができると思います。企業の諸活動をマーケットにおける価値創造に向けていく一連のプロセス全般が「マーケティング」だとするならば、これはまさに経営です。かつ、マーケティングとは今日のための仕事ではなくて、やはり明日以降の糧に対して種を蒔く、未来志向の機能だと思います。そのために、お客様と研ぎ澄まされた関係を構築したいのです。何をどう工夫して、どんな新鮮な刺激と発見をお客様の心にご提供するべきなのかをもっともっと追求していきたいと考えています。

CNET Japan
もっと見る もっと見る

【あわせて読む】

    最終更新: 2016年12月18日(日)15時13分

    【関連ニュース】

    【コメント】

    • ※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

    【あなたにおススメ】